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第8章

8章~始祖の使い魔~

「もうやめて!メイジに敗けたって恥でもなんでもないのよ!!」

桃色の髪をした少女が叫ぶ。

黒髪の少年が少女の叫びを聞き入れるわけもなく、容赦なく青銅の鈍器を打ち込まれ、鈍い痛みを放つ右腹を抑えながら、

「・・うるせぇよ」

ぶっきらぼうに言い放って、目の前の青銅製の戦乙女``ワルキューレ``に腫れで片方塞がった視線を向ける。

「メイジがなんだってんだ。恥だって?貴族だかなんだか知らねぇけどよ。

お前ら揃いも揃って威張りすぎなんだよ。魔法がなんだってんだ」

金髪の少年が、薄い笑いを浮かべながら、

「どうしたね?勇敢な使い魔くん?僕のワルキューレの攻撃にここまで耐えたんだ。

今なら一言詫びれば降参を認めてやってもいいのだが・・・?」

いかにも貴族らしい、下々を見るような目で情けとも憐れみともとれるような声をかける。

それに対し、はき捨てるように、異国の黒髪を持った少年は呟く。

「・・誰が、降参するって?全然効いてねぇよ。お前の銅像・・弱すぎ」

次の瞬間、少年の顔にワルキューレの手加減なしのパンチが入る。

平民から侮辱を受けて、金髪の少年の表情から笑顔が消える。

「よかろう!!平民が貴族に楯突いた代償の大きさを教えてやろう!」

ワルキューレの攻撃が容赦なく少年を襲う。

右のこめかみにくらう。拳が顔を斜め45℃に通過した。その先にある鼻に直撃した。

折れただろう、鈍い音がした。

前かがみになって鼻を抑えたところを、今度は頭の上から拳骨をもらった。

這い蹲るように倒れる少年。

意識も絶え絶えになりながらも、それでも前を、視線は相手を見据えている。

「お願い、もうやめて!!」

鳶色の瞳を揺らめかせながら、桃髪の少女が悲痛な声を張り上げる。

「・・・泣いてるのか?・・お前」

「誰が、誰が泣くもんですか!もういいわ!あんたはよくやったわよ。立派よ!こんな平民見たことないわ」

頬になにか温かいものが伝わる感触がした。

少年の口元が少し緩んだ。

右手に目をやるとあさっての方角をむいている。

ズキズキを通り越した痛みが少年の身体を襲う。

「・・・ってぇ」

「痛いに決まってるじゃないのよ!この馬鹿っ!!なに考えてるのよ!」

「・・心配してくれてるのか?・・お前?」

「あんたはわたしの使い魔なんだから!!これ以上勝手な真似は許さないんだからね!」

少年の心に詫びの一言が浮かぶ。

``すまねぇな、ルイズ。その約束はできねぇよ``

上半身を揺らぎ起こし、腹から声をあげる。

「・・ギーシュ!!つづきだ!」

それを確かめたギーシュと呼ばれた少年は微笑みながら、薔薇の装飾の施されたタクトサイズの杖を振るう。

薔薇の花びらが一枚フワリと舞って、みるまに一本の青銅製の剣にかわって地面に突き刺さった。

「・・その覚悟、気に入った。やる気があるならその剣をとりたまえ。

だが、それを握ったらもう後戻りはきかないと覚悟することだ!」

黒髪の少年は折れた右腕の代わりに左で剣の柄を握る。

それをルイズと呼ばれた少女が止める。

「ダメ!ダメよサイト!!それを抜いたらギーシュはもう容赦しないわ!」

「・・そう、かもな。それでもオレは元の世界にゃかえれねぇ。ここで暮らしていくしかないんだろう・・?」

「それがどうしたのよ!?今は関係ないじゃない!」

ゆっくりと剣を引き抜きながら、腹をくくるように少年は語る。

「・・ルイズ、オレ使い魔やってもいい。寝る時は床でもいい。飯はスープだって、いい」

サイトと呼ばれた少年の目に光が燈る。

「けれどな、オレはオレなんだ」

剣が引き抜かれる。

「さげたくない頭は・・絶対に、さげねえ!」

少女はその場にへたりこむ。

彼女の視線が、少年の左手に集中する。

彼の左手が、白く輝きを放っている。

「・・始祖ブリミルが使い魔のひとつ、``ガンダールヴ``に行き着いたというわけじゃな?」

ミスタ・コルベールは声を荒げながら、オスマン老に説明を続けた。

「そうです!!あの少年に刻まれたルーンは、伝説の使い魔``ガンダールヴ``に刻まれたと伝承されたものとまったくの同一にございました!!」

「・・で、君の結論は?」

「あの少年は``ガンダールヴ``です。これが大事でなくてなんとしますか!?オールド・オスマン!!」

半ばまで禿げ上がった頭の汗をハンカチで拭うミスタ・コルベール。

「ふむ・・・確かにルーンは同じじゃ。

ルーンが同じであるということは、ただの平民であった少年は``ガンダールヴ``になったということなのじゃろうて」

「如何致しましょう?」

「ふ~む。じゃが、しかしそれだけで全て決め付けるのは、ちと早計かもしれんぞ?」

「むぅ・・それもそうですな。なにか、その証明となるものでもあれば――」

その時、ドアがコンコンとノックされた。

「誰じゃね?」

「わたくしです。オールド・オスマン。``赤土``のシュヴルーズです」

「おお、ミセス・シュヴルーズ。鍵はかかっておらぬ。入りたまえ」

秘書が休暇中ともあって、不便を強いられるオスマン老。

「何事かね?ミセス・シュヴルーズ」

「はぁ、ヴェストリの広場にて、決闘をしている生徒達がいる模様です。

大騒ぎになっておりますのですが、他の先生方も生徒達に邪魔されてしまって、止めることが出来ないようです」

オスマン老は大きくため息をついて、頭を抱え込みながら、

「まったく・・・暇をもてあました貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんわい。して、暴れているのは誰かね?」

「ひとりはギーシュ・ド・グラモン」

「あの、グラモンのバカ息子か。親父も色の道では剛の者じゃったが、血は争えんのう。息子も輪をかけて好色ときた。

おおかた婦女子の取り合いじゃろうて。で、相手は誰じゃ?」

「・・・それが、貴族ではございません。ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです」

「なぬ?」

顔を見合わせる男二人。

「我々共教師は、仲裁の為に``眠りの鐘``の使用許可を求めます」

困り果てたようなミセス・シュヴルーズをよそに、これはもしかすると・・・と、オスマン老の目が鷹のように光る。

「アホか。たかが子供のけんかじゃ。秘宝を使うまでもあるまいて。放っておきなさい」

「・・・わかりました」

ドアの向こうに退出したミセス・シュヴル-ズの足音が徐々に遠ざかる。

コルベールがごくりと固唾を飲む音が聞こえる。

「オールド・オスマン」

「うむ」

考えは同じらしい。

オスマン老は杖を振るうと、壁にかかった大きな鏡に広場が映し出される。

体が軽い。

あれほど痛めつけれられたのに、今はまるで羽が生えたようだ。

剣を抜いた瞬間から、だんだん痛みが消えていった気がする。

身体を見やると、傷が治ったわけじゃない。

だが、感覚が狂っているというわけでもなさそうだ。

なぜなら今の自分には、力がみなぎっているのだから。

剣を握った左手が光っている。

正確には左手に刻まれたルーンが光っているのだ。

握った剣の感覚にも驚いていた。

まるで自分の体の一部のように、よく馴染んでいる。

今まで握ったことなどありはしないが、剣ってこんな簡単に振り回せるものなのだろうか?

自分の感覚に沸き立つ高揚感を抱えながら、冷たい笑みをうかべたギーシュと目が合った。

「まずは、褒めておこう。ここまで貴族に楯突く平民がいることに、素直に驚嘆したよ。大したものだ」

そう言って薔薇の杖を一振りした。

ギーシュが繰り出したワルキューレが襲いかかる・・いや、まだだ。

かかってこようとして・・いるのか?

そう。サイトと呼ばれた少年の目には、あれほどすばしこく手におえなかったワルキューレが、今はまるでスローモーションの動画のように映っていた。

``こいつらこんなに鈍かったっけ?``

そんなことを考えながら、彼は跳んだ。

次の瞬間、ワルキューレは丸太のように腹から両断されて、上半身が地面に落ちて潰れた。

「な!?」

目の前に起きている出来事に我が目を疑うギーシュ。

無理もない。理解がいくよりも早く自らのワルキューレは両断されていたのだから。

慌てて杖を振るう。

残された花弁は六枚。出し惜しんでいる場合じゃない。

生み出したワルキューレを全てを投入し、取り囲み、もみ潰させる。

そのはずだった。

投入したワルキューレは六体。

内、五体は瞬く間に、彼が片手で扱う剣に微塵に切り刻まれた。

今、剣は振られたのか?

速すぎる、軌跡も見えなかった。

信じられない、あんな人間がいるなんて。

あまりの驚愕に瞬きした瞬間、彼は目の前にいた。

「ひ!ワ、ワルキ・・」

言い終わるより前に最後のワルキューレは、彼に縦に分割されていた。

鼻先を掠めた剣撃の風に触れて、血が流れるのがわかる。

``殺される``

本能がそう直感するやいなや、貴族たるプライドもなにもかもかなぐり捨てるかのように、頭を抱えて伏せこんだ。

剣が突く音がした。

ああ・・僕は死んだのだ。

どうやら死んでも音は聞こえるものらしい。

己の死を悟り、ただじっと目を閉じて、音に聞いた光と共に現れるというヴァルハラへの迎えを待ったが、それはいつになってもこない。

おそるおそる目を開けてみる。

剣は、顔の真右。

ほんの数サント離れた場所に突き刺さっていた。

黒髪の彼が口を開く。

「・・・続けるか?」

「い、いや。ま・・参った。降参だ」

それを聞き届けると、剣を手放して、黒髪の少年はくるりと背を向け、桃髪の主人の下に歩み寄る。

そして――-盛大に倒れた。

「サ、サイト!」

いきなり倒れた使い魔の少年を、支えようと駆け寄った主だが、力が足りずに彼ごと地面に倒れた。

「サイト!」

身体を揺すっても返事がない。

しかし、胸に置いた手から心音の感触は伝わってきた。

死んではいないようだ。

それからなんとも間の抜けた彼のいびきが聞こえてきた。

「・・なんなのよ。いったい・・?」

ルイズは、苦笑しながらため息をつくと、横にはギーシュが立っていた。

「ル、ルイズ。ひとつ教えて欲しい。一体彼は何者なんだい?ぼくのワルキューレをいとも容易く切り裂くなんて・・」

「ただの平民でしょ?」

「ただの平民にこの``青銅``が敗けるものなのかい?」

「フン、あんたの腕が鈍っていただけでしょ?」

そういって彼を抱き起こそうと這い出ると、やはり支えきれずに、また潰された。

「ああ!!もう!重いのよ。このバカ!!」

近くで見物していた生徒の誰かがレビテーションをかけてくれた。

ルイズは目をごしごしとする。

彼が痛そうで、可哀想で。

最後に剣を握った時に光った輝きはなんだったのだろう?

とにかくあれがなければ、間違いなく死んでいた。

とにかく、手当てだ。考えるのはそれからでいい。

「使い魔のくせに。勝手なことばっかりするんだから」

もう!と、憤りと安堵とほんの少しの憐れみを込めた小さな拳で、ルイズは寝ている少年を軽く小突いた。

ところかわって、学院長室。決闘の一部始終を見ていたオスマン老とコルベール。

「オールド・オスマン」

「うむ」

「あの少年、勝ってしまいましたが・・・」

「うむ」

「グラモンは``ドット``メイジですが、それでもただの平民に遅れをとるとは考えられません」

返事をするオスマン老も、どこか心ここにあらずといった具合だ。

「オールド・オスマン!さっそくにも王室に報告を!指示を仰がねば・・」

「・・いや、それには及ばん」

オスマン老は重々しく頷き、口を開く。

白い髭が厳しく揺れる。

「なぜです!?これは世紀の大発見ですよ!現代に甦りし``ガンダールヴ``

「落ち着きたまえ、ミスタ・コルベール。``ガンダールヴ``ただの使い魔ではないぞ」

その通りです!オールド・オスマン。始祖ブリミルの用いた『ガンダールヴ』。姿形の記述は一切ありませんが、主人の無防備な詠唱時間を守りぬくために特化した存在だと伝え聞きます」

「そうじゃ。始祖ブリミルは、呪文詠唱の時間が非常に長かった……、その魔法のあまりの威力ゆえに。知ってのとおり、詠唱中はメイジは無力じゃ。そんな無力な間、己の身を守るために始祖ブリミルが用いた使い魔が『ガンダールヴ』なのじゃ」

「その通りです!!オールド・オスマン!その強さは、千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持ち、あまつさえ並のメイジであればまったくの無力に追いやられたとか!」

 非常に興奮した調子のコルベールが、オスマン老の言葉を継いだ。

「じゃから、落ち着かんかいミスタ・コルベール!きみの悪い癖が出てきとるぞ!」

「も、申し訳ございません!」

 背筋を伸ばし、冷静な表情に戻るコルベール。

「で、じゃ。ミスタ・コルベール」

「は、はい」

「その少年は、本当にただの人間だったのかね?亜人種などではなく?」

「はい。どこからどう見ても、ただの平民の少年でした。
 ミス・ヴァリエールが呼び出した際に、念のため``ディテクト・マジック(解析)``で確かめたのですが、正真正銘、ただの平民の少年でした」

「そんなただの少年は、なぜ現代の『ガンダールヴ』になってしまったのかね?」

「それは……、ミス・ヴァリエールと契約したからですが」

「彼女は、優秀なメイジなのかね?」

「いえ。といいますか、むしろ無能といいますか……。どんな呪文を使っても、爆発してしまうのです」

「その二つが謎・・いや、三つか。三つが謎じゃ。
無能なメイジと契約したただの少年が、何故『ガンダールヴ』になってしまったのか。まったくもって謎じゃな」

「そうですね。・・・時に、オールド・オスマン」

「なんじゃね」

「三つ目の謎というのはいったい?」

「なんじゃ、気付いておらんのか?・・・ミスタ・コルベール。お主は、何属性の使い手じゃったかな?」

「『火』ですが・・それがなにか?」

「そう、お主は『火』の属性じゃ。お主、彼女のように魔法の失敗で爆発を生じさせることは出来るかの?」

「いえ。覚えたての頃に、うっかり発火させてしまうことはありましたが、爆発させてしまうほどの炎では・・・」

 コルベールはそこまで言うと、はっとなにかに気付いた様子。

「そう、爆発を生じさせるほどの『火』系統の魔法となれば、それは『トライアングル』の領域なのじゃよ。では、落ちこぼれのはずの彼女は一体なんの系統を使っているのじゃろうなぁ?」

「それが、三つ目・・・ですか」

「そういうことじゃよ。王室のぼんくらどもに、これほど興味をそそられそうな二人組を渡すわけにはいくまいよ。
そんなオモチャを与えてしまっては、またぞろ戦を引き起こしてしまうじゃろうて。世が世じゃ、宮廷で暇をもてあましている連中はつくづく戦好きときた」

「はっ。学院長の深謀には、あいかわらず恐れ入ります」

「これこれ、地が出とるぞ、ミスタ。ともあれ、この件はわしが預かる。他言は無用じゃよ」

「は、はい!かしこまりました」

 オスマン老は苦笑しながら杖を握ると、窓際へ向かい、中庭に未だ集まったままの生徒達を見下ろしながら、遠い歴史の彼方へと思いを馳せる。

「伝説の使い魔、『ガンダールヴ』か。いったい、どのような姿をしとったのじゃろうなぁ」

 コルベールも夢でも見ているように彼方を見つめ、呟いた。

「この古書によれば、『ガンダールヴ』はあらゆる『武器』を使いこなし、敵と対峙したとあります・・・」

「ふむ」

「――とりあえず、腕と手はあったんでしょうなぁ」

「―――それでね。その子、中々のやんちゃでさ。僕の腕引っ掻き傷だらけになっちゃった」

「まぁ、ふふ。ユウったら♪」

雲がかかる小高い丘に腰を下ろして、何気のない優の話を楽しそうに聞くティファニア。

ロサイスについたものの、アルビオンから出国する難民の数が、出航するフネの定期便を大幅に上回っている為、順番を待つウェストウッド村の一行はロサイス近くでのキャンプにて日々を過ごしていた。

一日の生活は朝の近場の湖からの水汲みから始まり、食事の用意をこなして、午後はあまった時間を子供達の遊びに付き合うことにまわしたり、優のこれまでの生活をティファニアに話したりすることに使っていた。

この世界とはまるで違う、異世界の話。

皆、ほとんど理解はできなかったものの、彼の話してくれる昔話、おとぎ話、身の上の話等、全てがティファニアや子供達の好奇心を刺激した。

優もこの世界を知る事に興味があったので、マチルダから世間一般の常識やティファニアが子供達に話して聞かせていたという、この世界のおとぎ話をとても楽しそうに聞いていた。

ただひとつ、ティファニアの身の上に関してだけは、意図して話題を避けるようにしていた。

理由は特にない。

ただ、あんなに美しいティファニアが、自分を``世界の嫌われ者``と蔑むことが、優の好奇心に冷や水をかけていた。

夜、就寝前にティファニアが子供達に子守唄を歌うことで一日が終わる。

ティファニアの子守唄は意味こそよく掴めないが、マチルダが言うには、この世界で崇拝されている``始祖ブリミル``がこの地に降り立ったということを歌にしたとされているそうだ。

容姿も美しいが、声もそれに劣らず美しいティファニアの歌声は、優になんともいえない心地よさと、ほんの少しの望郷の想いを心に灯していた。

なにより、その唄の一節に優は聴き覚えがあった。

夢の中の婦人。

確か、あの人は自分のことを``ラドゥスヴィル``と呼んでいた。

``神の御心、神の杖、希望を燈すもの``

どうして自分をその名で呼んだのだろうか?

そして、ティファニアを````と。

あの婦人は彼女のお母さんだったのだろうか?

夢の出来事をティファニアに聞くもの躊躇われたので、本人に聞くことはなかった。

それにしても、自分のあの````はなんだったのだろう?

今にして思い起こしてみても、``ただ普通にできた``と言うほかない。

あれ以来、胸のルーンが輝くこともなくなった。

そして、そんな生活も一週間目。

「・・やれやれ、ようやく順番がまわってきたよ」

疲れたように呟くマチルダ。

彼女は故郷が内乱に巻き込まれそうなので心配だからと理由をつけて、トリステイン魔法学院、院長のオスマン老から半ば強引に休暇をつけてもらったそうだ。

本人曰く、休暇にギリギリ収まる予定らしい。

そして、老樹の大木を利用した空をゆくフネの桟橋。

その中を通った大きな通路で順番待ちをする人々の行列の中に、一行は輪を作っていた。

「・・そろそろ時間よ。皆、おフネに乗りましょう」

「え~、もっと``イーヴァルディの勇者``のお話聞かせてよ。テファ姉ちゃん」

「ボクももっと読んで欲しいな」

「あたしもあたしも!!」

どう諭したものかと困ってしまうティファニアを察したのか、

「ほらほら、みんな。フネの中で続きを聞かせてもらおう?遅れちゃったら大変だ」

やんわりと諭す優。

「「「「「は~~い」」」」」

あれほどやかましかった子供達も、優の言うことに渋々納得する。

すっかり父親じみていた優だった。

そんな優を見て、ティファニアは嬉しそうに微笑んでいる。

『ロサイス発、ラ・ロシェール行き。まもなく出航しま~す』

一行が乗り込むのと同時に、大きなかけ声で出航の合図がかかる。

こうしてフネは``白の国``から、どこまでも青い大空の海原へ繰り出していった。

歯車のかたちをした運命が、軋んだ音を立てて廻りはじめていた。

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第7章 後編

7章~主の杞憂と使い魔の決意~

後編

まだ夜明け前の薄暗い森の中。

霞がかった森の中にあるウェストウッド村の住人は、日の出を待たずに引越しの作業に勤しんでいた。

優が野盗から皆を救い出しはしたものの、また襲われる懸念がある。

なにより、この村の所在を知られてしまった以上、村を引き払うしかないとの判断に至ったのである。

「テファ~、持ってく布団は毛布だけでいいかな?」

Tシャツ、ズボンの姿の優が声をかける。

「・・う~ん、あまり多くは積めないしなぁ。子供達の着替えとかを考えると・・・」

人差し指を口元にあてながら考える仕草をするティファニア。

大きめとはいえ荷馬車の容積を考えると、優先順位は住人が第一になるのは当然として、次に食料、それから最低限の生活必需品といった順番になる。

マチルダの魔法に頼れるのも限界があった。

「ユウ兄ちゃん!これ僕のお気に入りなんだ。これ兄ちゃんにあげるよ!」

お気に入りの服を両手で持って広げ、元気よく優に声をかけるのはジャックだった。

「え?う~ん、気持ちは嬉しいんだけどね、ジャック。コレ僕が着たら服が服でなくなっちゃうよ。服だったなんかになっちゃうよ」

嬉しいながらもやんわりと断る優。

ティファニアはそんな優とジャックを見て、嬉しそうに微笑むと、

「大丈夫。後でわたしが繕ってあげるから・・」

それを聞いたジャックはティファニアの元に駆け寄る。

「テファ姉ちゃん!兄ちゃんにかっこいいの作ってあげてね!兄ちゃんは僕らの英雄(ヒーロー)だからさ!」

ティファニアは柔らかな笑顔で、

「はいはい」

まるで母親と子供のやりとりを見ているような、そんな光景。

``ここでこうして暮らしていければなぁ``

それが叶うのであれば世話はなかったのだが、現実はそう優しくはなかった。

「・・テファお姉ちゃん。ケティは連れていけないの・・・?」

おずおずとティファニアに問うエマ。その小さな両の手にはブロンド髪の人形を抱えている。

「ごめんね、エマ。ケティには少しの間、ここでお留守番しててもらいましょうね?」

そう聞くと、人形を離したくないと言わんばかりにギュッと抱きしめるエマ。

「大丈夫。僕がケティを連れてったげるよ」

やりとりを見ていた優が、そうエマに声をかける。

「ユウ・・」

声に不安を含めるティファニア。

「僕はケティを知らないけど、エマの大事なお友達だよね。ケティ軽そうだからおんぶすれば、いけるんじゃないかな」

それを聞いたエマは瞳を輝かせて、はじけるような笑顔で、

「うん!ユウおにいちゃん!ありがとっ」

本当に嬉しそうな笑顔で、精一杯の声をあげて、ありがとうするエマ。

初めて出会った時では考えられなかった表情である。

昨夜、悪漢連中をなぎ払った優はすっかり子供達と打ち解けていた。

それから引越しの支度も整えて、ウェストウッド村の一行はロサイスへの道に歩を進めていた。

「・・でも港へ行っても、行くあてってあるの?」

馬車の横を歩きながら両手に荷物を抱え、当然の疑問を口にする優。

彼の背中にはぎっしりと詰まった皮製のリュックの上に、紐で×の字に結ばれたケティがいる。

なんだか行脚に赴く腹話術師のような格好だ。マチルダはやむを得ないといった表情で、

「トリステインへ向かうのさ。あそこなら少なくともここで燻ぶってるよか、なんぼかマシだろうからね」

「とりすていん?」

この世界の地名はまったく見聞のない優の疑問に、荷台で繕い物をしながら、つばの大きい帽子で長い耳を隠すようにしたティファニアが応える。

「マチルダ姉さんはね、トリステインの魔法学院の学長秘書を務めてるのよ」

 そう言うティファニアは、なんだか自分の事のように誇らしげだ。

「魔法学院?魔法って学校で習うの?」

今度は馬に乗りながら、魔法で荷物を浮かせて運ぶマチルダが応える。

「いいとこの貴族連中が子息子女を預けて、魔法から貴族社会のイロハまでを躾けるところさ。

まったく!空気が香水臭いったらありゃしないよ!!」

奉公先に対して、敬意のケの字も感じさせないマチルダに優は苦笑する。

「その・・トリステインに行ったとして、今度はどうするんです?」

「あたしゃこれまで通り奉公するだけさね」

さも当然といった風に応えるマチルダ。

「・・・いや、その・・僕らは?」

回答に自分達が入っていない。

「あんたも働くの」

きっぱりと言い切る。

「・・え。僕・・も?」

会話の要点を掴めていない優。マチルダはため息混じりに、

「ウチの学長は手癖は悪いが、これでなかなか話せる人でね。あたしが世話になったのもその縁があってこそさ」

そう言うマチルダは何事か嫌なことを思い出しているのか、理知的な顔の眉間にシワを寄せていた。

「学院じゃ貴族の連中が生活の面倒を下々に、つまり平民に面倒みさせているのさ。

学長に口聞きしてもらうなりして、あんたにも実入りを整えてもらわないとね」

「い、でも・・唐突過ぎません?」

困惑気味に問い返す優に対し、マチルダは片手にもったペンシルのような杖を上下に揺らして、おいでおいでする。

荷台のティファニアに聞こえないように、マチルダは小声で凄みながら、

「・・あんた、テファに身体を売らせたいのかい?

「とんでもございません・・」

マチルダがそう言うとほぼ同時に返答し、覚悟を決めた様子の優をマチルダは満足げに見下ろしながら、

「うんうん、いい心がけだねぇ」

優の瞳には悪漢を追い払った時以上に熱い、なにかが燈っていた。

「・・ところで、子供達は?」

馬車の後ろで追いかけっこして遊ぶ子供達に目をやる優。

マチルダは空いた片手を額にやると、

「・・それなんだよねぇ、問題は」

気の滅入った声をあげる。

「え?」

「あんたみたいに働き手になる年頃なら、どうとでもなったんだけど・・あの子らの世話見るにゃ施設に頼る他ないんだよねぇ」

言い難そうに続ける。

「戦乱真っ最中のこのご時世じゃ、そうそう施設に空があるとも思えないしねえ。

学長がいくら話がわかるといっても孤児を受け入れてくれるとも思えないし。まぁ心当たりは当たってみるけどね」

まるで自分に言い聞かせるように優に話すマチルダ。

彼女は大きくため息をついて気持ちを切り替えようとするも、後から後から沸いてくる不安要素に悩みは尽きないようだった。

ロサイスに着く頃には夕暮れを迎えていた。

港は国を出ようと難民と化した人々が、町外れの草原にキャンプを作っていた。

粗末なテント、馬車の群れ。

衛生状態もあまりよくなく、そこかしこから腐臭が漂う。

疲れ果てて母の膝を枕に眠る子供。

ありあわせの食事を分け合う女性達。

ヤリを片手に番をする男達。

焚き火を囲みながら不安げな表情を浮かべる老人達。

老若男女、様々な人々が、そこを仮の生活の拠となしていた。

いつ終るとも知れない戦争の犠牲者達がそこにいた。

そんな光景を目の当たりにした優は、やるせのない寂しげな表情を浮かべている。

いつか見たテレビの向こう側であった光景が今、目の前で営まれていた。

「ユウ、出来たわよ」

おもむろに背中から声をかけるティファニア。

彼女の細い両の腕にはジャックのお気に入りであった服を下地にして、シーツを縫い合わせて繕った上着が抱えられていた。

「・・あぁ、ありがとう。テファ」

初めての、しかもこんな可憐な少女からの手編みの贈り物だというのに、あまり気のない声で返事する優。

そんな彼を寂しげに見つめたまま、優の心中をティファニアも察していた。

「・・戦争って・・ひどいね」

誰にともなく呟く。

ティファニアは目を伏せて、寂しげな声で優に尋ねた。

「ねぇ・・ユウ?」

「ん?」

「・・故郷に帰りたくないの?」

前を向いたまま横に並んで、唐突に何事か尋ねてくるティファニアに優は少し驚いた表情をむける。

「え?・・どうしたの、突然?」

意味が掴めないといった感じの優に対し、ティファニアは続ける。

「わたし、ずっと考えていたの。ユウはここにいるべきじゃないんじゃないかって」

「・・・どうして、そう思うの?」

「ユウにはユウのいた世界。貴方の家族。貴方の日常があったはずよ。

それをわたしが引き裂いてしまった。貴方のいるべき居場所を奪ってしまった・・・。

わたし・・なんて、取り返しのつかないことを・・」

ティファニアは、海のように深く蒼い色をした瞳を悲しそうに伏せる。

そんなティファニアを慰めるかのように、優は穏やかに諭すように話しかけた。

「・・テファのせいじゃないよ。きっと、これが僕の運命だったんじゃないかなって思うんだ」

「・・・え?」

「テファと出会う前の僕には、確かに君の言う通り``日常``があったよ。家族や友達もね」

「だったら・・」

「初めて逢った時のこと、覚えてる?

・・あの時、マチルダさんは運命って言ってたね」

「え、ええ・・」

「確かに、最初は突然過ぎてワケがわからなかったよ。

テファに怒鳴ったりもしたね。

でも・・そんな僕にテファは友達になろうって言ってくれた。

凄く嬉しかったんだ。女の子の友達ができるのって、初めてだったしね」

「・・でも、そのせいであなたがひどい目に・・」

ティファニアの脳裏にあの光景が浮かぶ。

「・・わたしと一緒にいれば、いつかまた、あんな目に遭うかもしれない。

わたしはこの世界の嫌われものだから、・・・一緒にいれば、何をされるかわからない・・」

ティファニアはそこまで言うと、とても悲しそうな表情になってしまう。

「すごく怖かったよ。あいつらも。あいつらにひどい目にあわされるテファを見るのも」

自分の為に、あんな酷い目に遭わされたのだ。

もし、恨まれていたとしても仕方がない、そう想像していたティファニアの予想を覆す言葉が聞こえてきた。

「え?」

「・・一目惚れって言うのかな?

初めてテファに逢った時、テファのことを妖精かと思ったんだ。本当だよ?

そしてその妖精さんは、得体の知れない僕を快く迎え入れてくれて、とっても優しくしてくれたんだ。

本当に惚れるのに時間はかからなかったよ」

そこまで聞くと、ティファニアは生まれ持ったその月のように儚げな白い頬を、まるで夕焼けのように真っ赤にして顔を伏せてしまった。

「まだたった二日やそこらだけどね、テファ達と一緒にいる時間はとても楽しかった。今もそうだよ」

「・・ユウ・・・」

優は少し瞳を閉じて、それから力強く見開く。

視線は前に向けたまま、なにか決意したような表情で、

「僕のいた世界に未練がないって言えば嘘になる。

でも、すぐ隣に恋した素敵な女の子がいて、その子が悲しそうにしてるの見たら、もし・・例え今すぐ帰れても、僕は帰らないよ」

「・・・ユウ」

ティファニアは嗚咽を混ぜながら、瞳に涙を滲ませている。

「・・・だから、探してみようと思うんだ」

「・・?」

「僕のいた世界と、この世界を自由に行き来できる方法をさ。

テファに逢ってもらいたい人。見せたいものが沢山あるんだ。それに僕も、この世界をもっと見てみたくなったよ」

「ユウ・・」

「・・・だから・・テファの隣にいてもいいかな?僕はテファの傍にいたい」

言葉を選ぶように、静かに決意を述べる優。

「・・・その・・ダメ・・かな?」

最後だけ、自信なさげに問う。

「ううん!わたしもユウの世界を見てみたい。もっとユウと一緒にいたい!」

瞳に涙を滲ませながらも、初めて見せるような笑顔で応えるティファニア。

その姿は今までで一番美しかった。優は本当に嬉しそうにして、

「よかった!!ダメって言われたらどうしようかと思ってたんだ」

そんな優を見て、おかしそうに微笑む金髪の妖精。

夕暮れ時、空には夜の帳が降り始めていた。



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第7章 前編

7章~主の杞憂と使い魔の決意~

前偏

双つの月が、淡い紫の光に照らす異世界の夜。

草原に続く長い道を、一台の荷馬車がゆっくりと歩を進めていた。

心地よい夜風を吹かれながら、黒髪の青年は馬の手綱を手に取って先導するように、のんびりと歩いている。

「・・・テファと初めて逢った日の夜も、こんな感じだったね」

囁くように穏やかな声で、優は荷台に乗ったティファニアに話しかける。

ティファニアは安堵感に泣き疲れて、彼女の膝を枕に眠っている子供達を慈しむように優しく撫でながら、

「・・ええ」

一言、そう優に頷き返すティファニア。

しかし、彼女の綺麗なその顔は安堵と不安を混ぜ合わせたような、複雑な色を浮かべていた。

「・・・ねぇ、ユウ?」

「ん?」

「・・貴方、本当にユウなの?」

おずおずと伺うように問いかけるティファニアに、優はいつもどおりの口調で応えた。

「うん。僕は僕だよ。テファの知ってる」

そう聞いてもティファニアの曇った表情は晴れない。

「・・ほんとうに?本当にユウなの?」

なおも信じがたいといった様子のティファニア。

それも無理もないことだろう。

ついさっきまで、こうして優と話をしていることすら不思議に思えるほどの目に遭ったばかりなのだから。

ティファニアの胸中は安堵よりも、ただの優しげな青年だったはずの使い魔に対する不可解な不安の方が大きかった。

優はそんなティファニアの胸中を察すると、

「ああ、さっきのアレのことだよね。そりゃ気になるよね」

「・・ええ」

「正直言うと、僕もよくわからないんだ。なんていうのかな?テファが危ないって思ったら急に胸が輝きだしてね」

「・・胸?ルーンが?」

「そう。テファ、言ってたよね。``使い魔には主人の目となり耳となる能力``が与えられるって」

「ええ、でも貴方は何も感じないって・・」

「うん、今はね」

「え?」

優は含みを持たせた返事をする。

「村に着いたら、テファがあいつらに攫われてて、僕はどうしようもなかったんだ。

それが堪らなく悔しくて、テファを助けたいって、テファのところへ行きたいって思ったんだ」

自身の血と土と焦げで所々が黒く汚れ、所々が破けたシャツの上から胸に手を当てると、

「そしたら、きっとテファの視界だと思う。頭の中に荷馬車の中の皆が泣いてるのが見えてきてさ。それ見たら頭が真っ白になってね。

その後のこと、あまり覚えてないんだ。気がついたら空飛んでて、ああしてテファ達に追いつけたの」

「・・そう、なの・・・」

そう聞いたティファニアは、納得したような、しがたいような、なんとも怪訝な表情を浮かべていたが、ふとある事に思い至った。

「ユウ!身体は平気なの!?」

さっきの出来事を思い出すうちに、優の身体のことを思い出して、ティファニアは慌てて問いただす。

そうだった。

彼はさっきまで、あんなにズタボロにされていたではないか。

骨が砕けるような鈍い嫌な音が、自分の長い耳にも届いていた。

挙句の果てには、魔法で身体を燃やされまでしたのに。

思い出すのも痛々しい、禍々しい光景が脳裏に浮かぶ。

あまりにも優がいつもと変わらず、平然としているから気づけなかった。

「うん、平気だよ」

そんなティファニアの心境を知ってか知らずか、まるで相反するようにあっけらかんと優は応える。

「嘘!!だってあんなに痛めつけられてたのよ!?平気なわけが・・」

「本当だって、ほら」

優は馬を止めて、ところどころ破れたシャツの腕を捲り、のそりと荷台に上がり込んだ。

そうして、そっと右腕をティファニアに差し出す。

確かに傭兵に踏み砕かれたはずの右腕は男にしては若干細めではあるものの、言うとおり傷ひとつなく、なんら異常は見当らなかった。

「ね?平気でしょ?」

そう言って、くだけたような微笑みを浮かべながら、小さくガッツポーズをとる優。

「そんな・・・確かに大怪我だったはずなのに・・」

ティファニアは目の前の現実が信じられないといった面持ちになりながらも、優の腕をいたわる様にさする。

彫芸品のような彼女の白く小さな手がさする優の腕は、怪我はもちろん、かすり傷ひとつ見当たらない。

「これもルーンのおかげなのかな?」

「これもって?」

「うん。ほら、僕はあいつらにボコボコにされて、魔法をかけられて燃やされたでしょう?」

聞きたくない、思い出したくないと言わんばかりに、ティファニアは首を振って悲しそうに瞳を伏せる。

「・・あの時、僕にかけられた魔法の火が胸のルーンに吸い込まれていったんだ。

そしたら、どんどん体が軽くなって痛みも消えていってね。なんか元気になってた♪」

不安に戸惑うティファニアをなんとか安心させようと、自身の死ぬかどうかという体験を優はおどけるような笑顔と口調で述べる。

それが彼女の逆鱗に触れた。

「ふざけないでっ!!」

彼女が怒鳴るなど想像すらできなかった優は、突然怒り出したティファニアを前にして、思わずびくっと縮こまってしまった。

「・・テ、テファ?」

ティファニアは瞳に涙を滲ませながら、優を叱りつける。

「・・・あんなひどい目にあったのに、どうして笑っていられるの!?どうして自分を大事にしないの!?

・・わたしがあの人達に身を捧げれば・・・それで済んだかもしれないのよ!?貴方があんなに傷つく必要なんて、なかったのよ・・」

今にも消え入りそうな声で、嗚咽を混ぜて半泣きになりながらも、それでも優を叱りつけるティファニア。

引っ込み思案な彼女がここまで怒ることなど、考えられなかった。

優はそんな彼女の背中にそっと両腕を回して、抱きしめるようにした。

「ごめんね?テファを元気付けようとしたんだけど、やり方・・拙かったね」

彼女の背中からすまなそうな、それでいてさっきより優しげな穏やかな彼の声が聞こえてくる。

「・・僕もすごく怖かったよ。正直、今思い出すだけでも震えがくる」

そう言う優の腕は、確かに細かく震えていた。

「でもね、テファの見えてるものが僕に伝わった時、僕は怖いよりも許せないって思ったんだ。

あのまま何もしなければ、確かに僕は傷つかなかった。

でも・・テファが、みんなが、ひどい目にあわされる。

そんなの嫌だ。みんなを助けたい。みんなを護りたいって。僕はそう思ったよ」

諭すように、慰めるようにティファニアの頭を撫でながら、優は自分の想いを語る。

あんなに涙を流した後だというのに、堪えきれずティファニアはまた泣き出してしまった。

月夜に照らされながら馬車はゆっくりと、ウェストウッドの森への道を進んでいた。

森から少し離れた街道に不安げな表情を浮かべながら、泣き疲れて眠ってしまったエマを抱きかかえたマチルダが佇んでいた。

それほど暗くない異世界の夜。彼女の視界にゆっくりと近づいてくる荷馬車が映った。

荷台を引く馬に並んで、誰かが歩いているのが見える。それは誇らしげな顔をして、凱旋の歩を進める優だった。

遠目にその姿を確かめると、エマを抱えたままマチルダは急ぎ足で歩み寄る。

「坊や!!テファは!?皆はどうしたんだい!?」

大声を上げて詰め寄るマチルダ。優はしぃっと口元に指を当てて、そっと荷台に視線を向ける。

「?」

誘われるように荷台に目を向けるとそこには、ボロボロになった上着をかけられたティファニアと子供達が、安堵した表情を浮かべ眠っていた。

皆の無事を確かめたマチルダはほっとしたのか、大きくため息をつく。足から全身の力が抜ける。

気は強いはずの彼女が安堵からへなへなと力を失い、エマをかかえたままその場にへたり込んでしまった。

そんな彼女を気遣うように、優は片膝をついて彼女の背に手を回し、そっとさする。

異世界の夜は大分更けていた。

                                  

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第6章

6章~ラドゥスヴィル~

「その絵がお気に召しまして?」

今しがたまで二階にいたはずの婦人が、瞬きすると唐突に優の目の前に佇んでいる。

「え?あれ?」

呆けた顔で見知らぬ金髪の麗人を見つめる優。

淡い水色を彩る禁欲的なデザインのドレスを纏った婦人は、月のように静かな煌きを魅せる金髪を束ね結い、宝石のようなその瞳は、ティファニアとよく似た海のように深い蒼を映していた。

なにより優の目を引いたのは、婦人がティファニアと同じ形をしたツンと尖る特徴的な『耳』をしていることだった。

身に纏う穏やかな雰囲気といい、ティファニアが大人になれば、このような感じになのではなかろうか?という表現がピッタリくる容姿だった。

ふんわりと微笑みながら静かに佇む貴婦人の前にして、優はばつが悪そうに、

「・・あ、あの、はじめまして。こんにちは。

・・霧で森に迷ってしまって。悪いとは思ったんですけど、勝手に上がりこんでしまいました。ごめんなさい」

すまなそうにお辞儀して謝る優。

そんな優をなぜだか嬉しそうに見つめながら、婦人は透き通るようなきれいな声で、

「ようこそ。『ラドゥスヴィル』、お待ちしておりましたよ」

「え?らど・・?いや、僕はユウって・・」

優の返事も聞かぬまま、婦人は促すように続ける。

「さぁさぁ、こちらへどうぞ。お茶を用意してありますよ」

そう言われて、ふと周りの異変に気付く。

辺りを見回すと、先程まで幽霊屋敷そのものとまでに荒れ果てていたはずの部屋の内装が、いつのまにか整えられて、まさに一流のお屋敷といった荘厳な雰囲気を醸していた。

「あれ?さっきまで・・?」

「どうかなさいましたか」

悪戯っぽい微笑を浮かべながら優に話しかける婦人。

なにがなにやら、わけがわからないといった面持ちなってしまった優は、一言。

「す、すいません。なんでもありません」

「お疲れのようですね。なにか夢でも見たようなお顔をしておいでよ?」

「・・そうみたいです・・」

「さぁ、こちらへどうぞ」

奥の部屋に案内されると、そこには大きな広間の真ん中に白いソファ。

匠が施したであろう装飾がなされたテーブルが並び、ほのかにお茶の香りが漂っていた。

言われるままにソファに腰掛けると、緊張に縮こまりながらではあるものの、できるだけ行儀よくしながらお茶をすすっていた。

「お口にあうかしら?」

「・・はい、とってもおいしいです」

「そう、それはよかったわ」

婦人はにっこりと満足気に頷くと、歓迎の意を表した。

「ルトリッシュ家の屋敷へようこそ、『ラドゥスヴィル』。お会いできて光栄ですわ」

は、はい。こちらこそ、どうも。でも、その、僕の名前は柏木 優っていうんですが・・?」

「あらあら、素敵なお名前ね」

戸惑いながらも名を名乗る優に、婦人は素敵な笑顔で返事してくれる。

こんな綺麗な人に自分の名前を褒めてもらって、優は照れで頬を染め上げると、さらに緊張して縮こまってしまった。

「あ、ありがとうございます。

それで、あの~・・・、勝手に上がりこんでおいて恐縮なんですが、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「あら?どうかなさいまして?」

「その、よろしければ、ウエストウッドの村への行き道を教えていただけないでしょうか?

友達が、きっと心配してると思うんです」

帰り道を尋ねる優。

わかっていると云うかのように、婦人は目を細めると、優しげに、

「ええ。ティファニアが心配しているでしょうね。あの子は昔から気が小さくて・・・」

すぅっと静かに瞳を閉じて、懐かしむように呟く婦人。

「・・え?どうしてテファのことを・・?」

問い返す優に、婦人は穏やかに応える。

「・・あの子のことはよく知っているわ。あまり一緒にいてあげられなかったのが、心残りだったのだけれど・・・」

応えるようでいて、答えにはなっていない。

あの?と、優がそう言いかけそうになった時、有無を言わさせぬものを婦人は突きつける。

それは、哀しい、とても哀しそうな笑顔だった。

婦人は深い海色の瞳と表情に寂しげで、哀しい微笑みを浮かべ、肩を落としてしまっていた。

なにかまずい事を聞いてしまったのだろうか?

不安を抱いた優が、心配して声をかけるべきかと思ったところで、

「貴方があの子のもとに来てくれたことを、私はとても感謝しているのですよ?」

さっと姿勢を正し、心配した優の不安を払うように、大丈夫よ?と諭してくれるような笑顔で感謝を述べてくれた。

また突然に婦人から感謝の意を表されてしまって、どうにも応対に頭がまわりきらない優は、することできずといった感じで、後ろ頭に手をあてて照れくさそうに一言。

「ぃや、そんな・・」

言ってから、ある疑問に気付く。

「あの・・どうして僕のことを? まるで僕が違うところから来たのをご存知のようですが・・?」

当然のような優の疑問に婦人は、

「ええ、貴方の事もよく存じていますよ。ティファニアのお友達になってくれて本当にありがとう」

この世界に来て間もない上に、ティファニアと子供達、それにマチルダしか知らないはずの自分をどうして知っているのか。

優がその疑問を吐露する前に、それまでやわらかな笑顔を浮かべてくれていた婦人は、凛とした表情して優に告げた。

「ラドゥスヴィル。貴方とティファニアはいずれ、世界の大きなうねりに巻き込まれてゆくでしょう。

最初の試練は、もうすぐそこまで近づいています」

急に不可解な話を振られ、困惑する優。

「・・でも、貴方ならきっと、ティファニアが選んだ貴方なら、きっと、あの子を守り抜いてくれると信じているわ」

「あ、あなたはいったい?」

「貴方が感じてくれたとおり、ティファニアはひとりで歩めるほどつよくないわ。

あの子ひとりでは、これからふりかかる『試練』を乗り越えてはゆけません。

どうか、どうか傍で、あの子を支えてあげてください」

あれ?だれかにも同じことを言われたような?

「貴方にひとめ逢えてよかった。

私達はきっと遠くで、きっと貴方達のことを見守っています。願わくば貴方と娘の未来に祝福あらんことを・・・」

祈りを捧げるように婦人が告げた途端、猛烈な眠気が優を襲う。

「・・あなたは・・もしか・・して・・・テ・・ファの・・・」

遠くから、声が聞こえる。

・・・ティファニアを、よろしくお願いします・・・

バシャッ!!突然、優の顔が水に包まれる。

「!!??っ」

ワケがわからず、何事かと慌てて目を覚ます。

「や~っと、起きたかい?」

「ふ、ふぇ? あ、あれ・・? マチルダさん?」

してやったりといった具合のマチルダは、呆れきった表情と声で、

「マチルダさん?じゃないよ、全く。

人にモノ持たせといて、自分は歩きながら寝ちまうなんて、あんた見かけによらず図太い神経してるじゃないか」

「え、寝てた?僕が?そんな、さっきまで・・」

「もうすぐ着くよ。寝るならやること片づけてからにしておくれ」

「???」

なにがなにやらさっぱりの優を横目に、したり顔した彼女がそう言う頃には、視界にウエストウッドの森が映りはじめていた。

異世界の空は、もう夕暮れを迎えている。

「テファー!今帰ったよ!」

村に着き、マチルダは声をかけるが返事が無い。

夕闇に包まれた村は人の気も無く、いやにしんとしていた。

なにか様子がおかしいと、優もマチルダも不安げな表情で村を見回す。

辺りには誰も見当たらない。

建物はところどころの窓が割れ、戸は倒れ、まるで野盗にでも襲われたかのようだった。

「テファー!?どこだい!帰ったよ!?」

割れんばかりの声でマチルダは大きく呼びかけるが、返事は無い。

呼びかけに応じるかわりに、少女の泣き声が、微かに聞こえてきた。

小屋の脇の木の裏で、エマと名乗った少女が泣いていた。

「エマ!?どうしたんだい!なにがあったんだ!?」

マチルダがエマを見つけて駆け寄ると、エマはびくりと怯えるように身体を縮ませる。

知った顔とわかると、堰を切るように声を上げて泣き出した。

「エマ! 泣いていたらわからないよ!! テファは!? みんなはどうしたんだい?!」

しゃくりあげながら、泣きながらにもなんとか応えようとするエマ。

・・ッグス、ヒグッ。こわい、グスひと・・ちが、お、ねえちゃんを、みんなを・・

「なんだって?!」

マチルダはものすごい剣幕であたりを見回す。

「やられたっ!!あたしとしたことが、なんてザマだっ!!!」

 戸惑い佇んだままの優が問いかける。

「マ、マチルダさん?一体なにが・・?」

「野盗にやられたんだ!!くそっ、昨夜のあたしを尾けてたんだ!」

「そ、そんな、テファ・・・」

 

「テファーーーー!!!!」

森に響く優の声、その声はティファニアには届かなかった。

夜の帳が舞い降りた草原の道を大きな馬車が静かに音を立てて歩みを進める。

周囲には6人ほどの男達が``収穫``の成果を喜びあっていた。

「いやぁ、アタリもアタリ!大当たりだ!!」

「まったくだ。町でいい女と思って``探知``をかけたが、まさかこんな上物が手に入るたァよ!」

「競りにかけられりゃ値なんぞつかないんじゃないか?

これだけの上物なんぞ一生に一度あるかないかだぜ。王様だってそうそうお目にかかれるものじゃあねえ」

「せいぜい高く買ってもらうさ。

仕事前の小遣い稼ぎと洒落込むつもりだったが、こりゃオレ達、下手すりゃ生涯遊んで暮らせるかもしれねぇな」

どうやら彼等は、人間の売買を生業としているようだった。

品の無い笑い声が外で響く中、馬車の中にはティファニアと4人の子供達が囚われの身となっていた。

「・・ぉねえちゃん、こわいよう」

今にも泣き出しそうな子供達をあやすように

「だいじょうぶよ、ユウやマチルダ姉さんがきっと来てくれるわ」

「・・・くるわけないよ!あんなヤツ!!」

男の子が声を荒げる。

「きっとアイツがコイツら呼んだんだ!!アイツが来たからテファ姉ちゃんが!こんな目にあわされたんだ!!」

そんな男の子をやんわりと諭すように、

「そんなこと言わないの。ユウはわたしたちのお友達よ」

「ともだちなんかじゃないやい!!」

強く否定する男の子。

その時、馬車の天幕が開けられる。

そこには下卑た笑みを浮かべながらティファニアを見つめる男達がいた。

「いやぁ、見れば見るほどの上玉だ」

「・・・なんの、つもり?」

精一杯恐怖と闘いながら男と向きあうティファニア。

その身体は恐怖に小さく震えていた。

「お得意さんに差し出す前に、ち~っと味見をしとこうと思ってよ」

舐めるような声で告げる男の視線は、ティファニアの豊満な体に向けられていた。

「な~に、わるいようにはしねえからよ。丁重にするぜぇ」

心にも無いセリフをティファニアに言い放つ男。

その口は下卑た欲望に歪んでいた。

「・・・みんな、目を瞑っていなさい・・」

怯える子供達に静かに告げるティファニア。

これから起こるであろうことを悟るように、諦めるように・・・。

そして彼女は細い腕を乱暴に鷲摑みにされ馬車から降ろされると、外の草原に連れ出され、横たわせられる。

これから何をされるのか、世間に疎い彼女にもおおよその察しはついていた。

怖い。心が恐怖に支配されていく。

恐怖に押しつぶされそうな中で、怖くて怖くて仕方がないはずなのに、暗闇に染まっていく心の真ん中に白く灯る想いがあった。

``助けて、助けて・・ユウ``

おかしい。

こんな時なのに、出会ったばかりの青年に助けを求める自分がいる。

男がティファニアの服を引き裂こうと、彼女のその豊満な胸をかろうじて覆う布に乱暴に手をかけようとしたその瞬間。

「ど、どいてぇえええーー!!」

「あぁ?ぐわっ!!」

ドォオン

凄まじいスピードで、空から舞い降りた優が男に突撃する。

完全に無防備なところに強烈なタックルをもらい、男は数メートル先まで吹き飛ばされた。

「・・ユ、ユウ?」

ティファニアは目を丸くして、今を疑っていた。

「う~、あいたたたた」

目の前に優がいる。

もう会えないと思った。

もうだめだと思った。

祈るように救いを求めた名前の主が目の前にいる。

ティファニアの瞳に涙が滲んだ。

突然の来訪者に男達は声を荒げる。

「なんだ!?てめぇは!?」

対する優はまだ痛む肩をさすりながら、

「・・なんだって?そりゃこっちが言うことだよ。

よその家に土足で踏み込んだ挙句に、大切な人達を断りも無く連れてくなんて・・ひどいんじゃない?おじさんたち?」

自慢じゃないが、優の外見はお世辞にも強そうとは言い難い。

事実、殴り合いのケンカなぞこれまでの人生で見たこともない優である。

一目見るだけで、数々の修羅場を潜り抜けた歴戦持ちの男達は優の力量を察していた。

優はティファニアに顔を向けると、

「テファ!助けに来たよ。もう大丈夫!!」

と、安心させるように大声を張った。

次の瞬間、大柄の男に背中から蹴りを入れられ、思い切り地面に顔を叩きつけてしまう優。

「ユウ!!」

「どうやら上玉ちゃんの身内らしいがな、この程度で``大丈夫``たぁ笑わせるぜ」

周りの男達も笑い声を上げる。

倒された優は顔に土をつけながら、なおも起き上がって

「テファやみんなを放せ!!」

ティファニアと馬車にいる子供達を庇うように、両手を広げて男達に立ちはだかった。

そして、ほぼ同時に男から大きな右ストレートを顔の右側に打ち込まれた。

奥歯が折れた。

また倒される優。

それでも立ち上がって皆を庇う格好をとる。

「・・・ファ、を、はな・・せ」

いいサンドバックを見つけたとばかりに、男は優の胸倉を左手で掴み、顔にパンチをいれる。

優の頭が激しく左右に首を振る。

「やめてっ!!お願い!ユウが死んじゃうっ!!」

 ティファニアは別の男に両肩を掴まれ、両の腕を抑えられ、それでも懸命に声を張り上げる。

が、そんなティファニアの悲痛な叫びなど聞き入れられることもなく、ひたすら殴り続けられる優。

やがて男は殴るのにも飽きたのか、優を放り捨てるとボールを蹴るように振り上げた足で蹴りを入れた。

「!・・が、はぁ!」

腹に大きく振り下ろした足を、思いっきり入れられた。

聞いたことのない音がした。

痛いなんてもんじゃない、息が出来ない。

うつむけになりながら這うようにして、痛みに堪えかね右手を差し出すように前に出すと、

グシャ

力いっぱい右腕を踏み潰された。

「~~~~!?」

もう声にもならない声を上げる優。

ついで顔を蹴り上げられ、仰向けになって片目の塞がった優の顔がティファニアに向く。

彼女は優の名前を何度も叫びながら泣いていた。

肋骨が折れるほど腹に蹴りを入れられ、右腕を踏み砕かれ、顔を蹴り上げられ、文字通りぼろぼろになるまで痛めつけられる優。

そんな中でも、優の目の光は死んでいなかった。

リンチの最中でも優は口の中でティファニアに向けて、

``テファ、だいじょうぶ、だいじょうぶ、だから``

と伝えていた。

やがてリーダー格の男は優の胸倉を片手で掴み引き起こし、優を軽々と持ち上げると、仲間の一人に声をかける。

「おい!!スティーブ!``燃焼``の名は落ちちゃいねぇだろうな!?仕事の前の肩ならしだ!派手にこいつをローストしちまえ!!」

「へへっ!!そいつぁいいや。``燃焼``、又の名を``戦場の料理人``の腕、とくとご覧あれ!」

芝居がかった口調と仕草でサーベル状の杖を引き抜き、刀身にあたる部分に軽くキスをして朗々と詠唱を行う。

そして、男はまるで粗大ごみを投げ棄てるように優を宙に放ると、待ちかねたように``戦場の料理人``は杖を振るう。

ボッと優の身体に種火が点ると、火はみるまに優の身体を包み込み、まるでキャンプファイヤーのように大きく燃え上がる。

「い、いやぁあああーーー!!!ユウ!!ユウーーーー!!!!」

草原にティファニアの悲痛な叫び声が響く。

下卑た笑いを大きく張り上げて、満足げに男たちは拍手する。

「いやぁ見事見事!!こりゃ眼福ものだ!!!さすが``燃焼``おみそれしやした!!」

片手を胸にあてて一歩足を引き、礼をする。

「お褒めにあずかり光栄です。隊長殿」

ティファニアは瞳を大きく見開いて、瞳一杯に涙を浮かべて優の名前を連呼する。

「さぁて、思わぬ余興が入ったが、``お楽しみ``はこれからだぜ?」

ティファニアの顎に手をやり、泣き伏せていた彼女の顔を引き上げると、欲望に歪んだ目を向ける男。

彼女は最早、心ここにあらずといった様子である。

男の大きな手がティファニアにのび、今度こそ服を引き裂こうと掴みかかるその瞬間、不思議な現象が起きた。

投げ棄てられ燃やし尽くされたと思われた優の身体から、炎が大きく音をたてて優の身体に、優の胸に刻まれたルーンに吸い込まれていったのである。

すると、まるでビデオを早送りするかのように、身体に受けた傷がみるまに回復していく。

一体何事か?といった面持ちで、呆然と優を見つめる男達とティファニア。

そして、むくりとゆっくり身体を起こす優。

「あ~、よかった。魔法できる人、いてくれて。

いるのはわかってたんだけど、自分じゃ唱えられないからさ。もうどうしようかと思ってたんだよね。

う~ん。こんなことなら、マチルダさんにもっと唱えてもらっといてもよかったかなぁ・・・」

目を閉じながらコキコキと首をまわし、肩に手を当てて、まるで何事もなかったように起き上がる。

あれだけズタボロにされた身体の傷はひとつ残らず消え失せ、胸のルーンが夜の闇を裂くかのように白い輝きを放っている。

「・・・なんにしても、おあつらえむけだなぁ。今の気分にピッタリだ・・・」

一言そう述べると、ゆっくり目を見開く優。

その目に宿すのは普段の穏やかな光ではなく、獰猛な野獣のような怒りを燈している。

「な!なんだ!?コイツっ!!」

突然の出来事に戸惑いうろたえる男達。

「構うなっ!!焼き殺せっ!!!」

隊長と呼ばれた男が大声で命令すると先程の男がはっと我にかえり、再び短く詠唱をこなして優に杖を振るう。

ゴウッ!!

先程よりもさらに激しい炎が優を襲う。けれども優は、臆することも無く平然としたままでいる。

そうして、自分を焼き尽くそうと襲いかかる炎を両の手で、まるであやすように撫で上げる。

すると凶悪な炎はみるまに姿を変え、まるで主を見つけた大きな犬のようなかたちをとって、優に懐き寄っている。

「よぅ~し、よしよし、どぅどう」

クンクン擦り寄るじゃれた犬のような姿をした、牛のような大きさの炎。

その顎下にあたる部分を、優はそっと撫であげた。

「うん、いい子いい子。いいしつけ、してるねぇ?」

魔法を放った相手に屈託ない笑顔で一言述べると、ただ呆然とする男達を見回すように視線を向ける。

口元に薄く笑みを浮かべながら、優は叫んだ。

「さぁ、散歩の時間だ!!存分に遊んどいでっ!!!」

大きな声で炎に告げると、それまで主に犬がじゃれるような仕草をしていた炎は凶悪に顔つきを変え、炎の毛並みを大きく逆立てながら野獣のような獰猛な唸りをあげ、吼えた。

グォオオオオオオオン

男達に向かって激しく吼えあげ、炎は空中に燃え広がり傭兵の集団に襲いかかった。

何が何やら分らぬままに、男達は激しい炎にとりつかれ悲鳴をあげながら、まな板の上の鯉のように激しく地面にのたうちまわる。

「・・大丈夫、殺しゃしない」

冷淡に一言告げる優。

しかし、その目の怒りは収まっていない。

「その代わりに、あんたらの``いのち``をもらっとくよ」

そう告げてヒュウと口笛を吹く優。

すると炎はそれに呼応するように、傭兵達の身体を包み込んでいたその身を縮めて、男達の股間、陰部にその身を纏めた。

「ぎゃああああああああああ!!!!!!」

急所を猛火にまかれ、悲鳴という形容すら生ぬるいほどの絶叫をあげて、男達は悶え苦しみながらひとり、またひとりと動かなくなった。

それを見届けるより前に優はティファニアと子供達の傍に歩み寄っていた。

「テファ!みんな!大丈夫?怪我は無い?」

心配そうな声で皆に問いかける優。

その目は怒りではなく、いつもの優しげな光を宿していた。

目を見開いたまま呆けた表情のティファニア。

「ユ、ユウ?」

「うん、僕だよ。来るのが遅くなってごめん。みんなもう大丈夫」

「・・う、うぁ、ああ」

張り詰めていた糸が緩むように、ティファニアの声が、子供達の声が、徐々に嗚咽に変わっていく。

「ユウっ!ユウーっ!!」

安堵から優に抱きついて一杯に声を張り上げて、優の胸に顔を擦りつけるように泣くティファニア。

周りの子供達も安堵に大泣きしている。

ティファニアをしっかりと抱きとめると、優しく背中をさすり、そして後ろ頭を包むように撫でながら、

「・・もうだいじょうぶ、だいじょうぶだよ・・」

安心させるように、穏やかな口調でそう言って、ティファニアを抱きしめていた。

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第5章

5章~霧の森の最果て~

目を覚ました優は、今や日課となった水汲みと薪割りをしようと、眠たい目を擦りベットから腰を上げた。

ズボンを履き、ベルトを締め、シャツを着る。

もうすっかり慣れた異世界の朝。なんら変哲のないいつも通りの朝だ。

優は木造のドアに手をかけて、既に朝食の準備に取り掛かっているだろうティファニアに、おはようを言おうと軽い足取りで部屋を出た。

「テファー。おはよう」

キッチンに顔を出すが誰もいない。朝食の支度をしている気配もない。

「あれ?」

いつもならとっくにパンを焼く香ばしい匂いが漂っている時間のはず。

だのにキッチンには誰もいないのである。

「もしかして水を汲みに行ったのかな?」

そんなに寝坊したつもりはないのだが、ここにいないということはきっとそうだろう。

「そんな夜更かし、したっけかな?」

やってしまった感をかみ締めながら、優は小屋のドアに手をかけ外に出た。

「うわ」

ドアを開けた途端、まるで煙のような白い闇が目の前を覆った。

外は一面の濃霧。目の前はおろか足元すらまともに見えない

朝霧には慣れてきたつもりの優だったが、これほどまでの霧は初めてだった。

こんな霧じゃ野原でもまともに歩けそうにない、ましてやこんな森の中なんてとても無理だ。

もしかしたら自分の代わりに水汲みに行って戻れなくなってしまったのだろうか?

優の頭に不吉な想像が浮かぶ。

「しまったな、僕が寝坊したばっかりに」

不安を抱えながら優は泉への道を一歩一歩手探り足探りで進めていった。

「テファー!どこにいるのー!テファー!」

声を大きくしながら、ゆっくり歩みを進める。

しかし返事はない、背中に嫌な汗が流れる。

かれこれもう20分は歩いただろうか。

距離にしてみればほとんど進んでいない。

この霧だ。もしかしたら、霧が引くまで適当な場所にとどまっているかもしれない。

いったん小屋に引き返すべきかと考え、振り返る。

が、元来た道すらも霧に飲み込まれ、優は完全に孤立してしまった。

「まずいな、探しに来といて僕まで迷っちゃったかな」

こうなってしまっては、もうどうしようもない。ここで霧が引くのを待つしかないか。

そう考えた頃にそれは姿を現した。

白い闇の中、優の視界にかすかに人影が映った。

「!」

距離が離れていることもあり、ほとんど姿は確認できないけれど、確かに人間のような輪郭をしていた。

「テファ!?」

声を張り上げて呼びかけるが返事はない、聞こえていないのだろうか?

「テファー!!僕だよ!テファー!!」

なおも呼びかけるが一向に返事はなく、人影はどんどん小さくなる。

結局、他に有効な手段を持たない優は、とにかく追いかけることにした。

草を掻き分け、枝を折り、もがくようにして必死に後を追った。

大人の足でも厳しい道程だ。

途中で優は何度も足を取られ転んだ。

不思議な事に、前を行く人影に距離を離されることもなければ、決して近づいてもいなかった。

優もあの人影が幻でないという確信は得ていた。

追いかけながらにも、耳には微かに自分とは別に草木を分ける音が聞こえていたからだ。

きっと、テファだ

この時の優では、人影と自分を取り囲む違和感に気づけるはずもなかった。

霧の森の中、人影を追うのに物音を立てずなんて上品な真似が出来るはずもなく。

いくら視界が遮られていても、音で人影がこちらに気付かないとはもう考えられなかった。

 しかし前をゆく影は、一向にこちらを意に介す様子はない。なおも優は必死で呼びかける。

「テファー!テファー!」

人間の体力には限界というのもがある。人影を追いかけてもうどのくらい経ったのだろうか。

意識がぼんやりし始めて、大分前から苦痛と疲労を訴えていたはずの足は、まるで自分のものではないような不思議な感覚に包まれていた。

やがて踏み出した足が力を失い、もう片方の足が木の根に引っかかった。

踏ん張ることすらできずに、力なく膝から砕けた。まずい!と思った瞬間には大きく転んでいた。

森の中で派手に転んだ優は、傾斜に捕まりごろごろと身体を二転三転させた。

どしんと、でんぐり返しのような格好で木の幹にぶつかり、ようやく止まった。

荒い息で肩や胸を大きく上下させながら、全身を襲う痛みと闘っていた。

「・・あいたたたあ・・・」

くたばって動けずにいること、かれこれ十数分。

ようやく痛みも退いてきて、呼吸も安定してきた。

あの人影はどうしただろう?

根拠のない確信でティファニアと信じてここまで追ってきたが、考えてみればもし彼女なら声に気づいて近づいてきてくれたはずだ。

まさか、自分は他人をここまで必死に追いかけてきたのだろうか。

冷静になればなるほど、嫌な考えが頭をよぎる。

立ち上がれる程度に身体が落ち着いたのを確かめると、大きく深呼吸して起き上がろうとした。

その時、優は奇妙な違和感に気づいた。

不思議なことに、何の臭いもしないのである。

まるで樹海のような森のまっただ中にいるというのに、植物特有の青臭い臭いがまったくしない。

例えるなら、まるでブラウン管を通して視界に映したような奇妙な感覚。

それだけではない。あまりにも静か過ぎるのである。

目の前には、行く手を遮るほどに生い茂った樹木。でも、目に映るのはそれだけ。

異世界のそれとはいえ、これだけの自然に囲まれて、小動物の気配や虫の羽音ひとつ聞こえないのは異常なことだ。

どうして今まで気付かなかったのか。

``なにかおかしい``

そんな優の考えを察したかのように、雲のような霧は徐々に薄れ始め、段々と視界がはっきりしてきた。

まだあちこち痛む身体に鞭打って、優は起き上がった。

転げてきた傾斜を一歩一歩踏みしめるようにして登り始める。

傾斜のてっぺんから先に、日が差し込むのが見える。

今まで白い闇に阻まれていた優にとっては、それは希望の光にも見えた。

口元が笑みに緩むのを抑えられずに、よいこらとようやく傾斜を登りきると、そこで森は途切れていた。

「あれ?」

人影を追ってここまで来たが、森はまだ果てしなく続いていたはずだ。

自分が躓いたはずの木も、もうそこには見当らなかった。

奇妙な違和感に包まれる優の目の前には、立派な門扉と大きな屋敷が佇んでいた。

「こんな屋敷、さっきあったかな?」

視界はほぼゼロに等しかったとはいえ、行く先には森が延々と生い茂っていたはずなのに・・・。

怪訝な顔をして門の前に佇んでいると、まるで誘うかのように、白い大理石で立派な彫刻を施された門の片側が微かに音を立ててゆっくりと開いた。

優の頭の中には二つの選択肢が浮かんでいた。

即ち``入るか、入らないか``である。

サモン・サーヴァントの経験がある優にとって、この場合、``入る``を選択するには些か躊躇するものがあった。

しかし、振り返ってみても自然のそれではなく、代わりに偽いものの臭いのする森。

戻るべきかと迷う優を拒むかのように、また徐々に霧が森を覆い始めていた。

こうなっては他に選択の余地があるはずもなく、優は門をくぐった。

門を抜けてすぐ、屋敷と門を結ぶ通路のちょうど真ん中に彫像を象った噴水が置かれている。

噴水の水は止まっていて、元は恐らくロープを纏って、楽器か何かを弾く女性を象っていたのであろう彫像は、肩から胸にかけてが削げ落ちるようにして失われていた。

庭に目をやると、永らく手入れらしい手入れが施されていないのが見て取れるほどに荒れ果てていた。

ここまで歩いた門から屋敷を結ぶ通路も、まるで朽ちたように石が転げ、敷石の隙間から雑草がところどころ逞しく顔を出している有様で、およそ人の気配は感じられなかった。

屋敷も同じだった。

手入れさえ施されていれば、ため息が出るほどの立派な作りの屋敷だったであろうが、窓は割れ、壁ははがれ、俗に言う``幽霊屋敷``と成り果てていた。

優は気付かなかったが、立派な作りの門扉の上部分の中央に、家紋を象る紋章を配置する場所がある。

そこには確かに紋章は配置されていた。が、同時に紋章の中央から大きく×印が刻まれていた。

不名誉印である。

屋敷の玄関までたどり着いた優は入るべきか迷っていた。

日本と違い、インターホンなんてものはない。

他人の家をノックするのは初めての経験だが、礼儀としてとりあえずそっと扉を叩いた。

返事はない。

その代わりにまるで誘うように、軋んだ音をたてて片方のドアが開いた。

「・・・入れって・・こと、かな?」

怪訝な表情を隠さぬまま、そっと足を踏み入れた。

屋敷の中は外から見る以上に広いような気がした。

床には一面に赤の交錯した模様の絨毯が敷き詰められ、広間の両端には緩やかなカーブを描いた階段が二階へと続いている。

部屋の隅々には胸像やら絵画やらがところどころに散乱しており、厳かな雰囲気を台無しにしていた。

部屋の中にしてはやけに明るいと思い、天井を見上げると、吹き抜けの造りになっていて外の光を吸い込んでいた。

視線を戻すと、玄関の奥の突き当たりの壁にかけられた大きな絵画が目に入った。

歴史の教科書で見た宗教画のような絵だった。

黒板くらいに大きさの額縁にはめられた絵画には、左端から左手に剣、右端に右手に槍を持った全身鎧の剣士。

右端には鷹のような大きな鳥を肩に乗せて、羽飾りの付いたつばの広い帽子を被った礼装風の男性。

真ん中には辞典ほどもある厚い本を携え、片眼鏡をかけた学者のような格好をした女性。

そして、三人のちょうど真上に位置する場所には、白い外装を全身に纏って、両の掌を空に大きく掲げた人物が描かれている。

他の三人は細部までしっかりと描かれているのに、なぜかその人物だけ顔が描かれていない。

まるで絵に吸い込まれるような感覚に包まれながら、しばらく呆然と眺めていた優。

だが、突如静寂は破られた。

パタンと上からドアの閉まる音が聞こえた。

驚いて二階に目をやると、そこには金髪の麗人が静かに優を見下ろしていた。

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第4章

4章~港町ロサイス~

「あんた、誰?」

目を覚ました瞬間、彼の視界には抜けるような大きな青空と桃色がかったブロンドの髪を持って見下ろす少女が映っていた。

「・・・坊や、あんたはテファを見てなんとも思わないのかい?」

港町、ロサイスへの道中、馬上から唐突にマチルダは後ろから腰にしがみつく優に問いかけた。

対する優は、はっきり言ってそれどころではなかった。

なにせ生まれて初めての乗馬である。

スピードこそ馬でいう``軽く``程度に値するのだが、乗馬など健康器具の体験コーナーにあったものを遊び半分に試乗した程度の優は、落ちたら最後と言わんばかりに顔を歪めながら、必死にマチルダの問いに答えた。

「えっ?え?え?テファがなんですか?」

「あんたはテファをどうとも思わないのかって聞いてるんだよ!まったく」

「テファですか?いや・・きれいだなとは思いますけど」

「そうじゃなくて!!恐い!とか、化け物だ!とは思わないのかい?!」

なかなか要領を得ない優に苛立ちを隠さないマチルダ。

優もマチルダの質問の意味が掴めず、初めて見た第一印象を述べるしかなかった。

さすがに容姿(胸)の感想は控えたが。

「恐い?化け物?どうして僕がテファを怪物扱いすると思うんですか?」

初めて逢った日の夜を思い出す。

同じことを彼女からも聞かれた。

彼女は自分のことを``エルフ``と言っていた。

この世界にとって、その``エルフ``とやらはよほど人と相性が悪いらしい。

けれどもティファニアは異世界に来て初めての友達、それも絶世の美少女という、願ってもかなえられぬであろう特典までついている。

あんなに綺麗な彼女をどうして恐れることがあるのだろう?と胸に渦巻く疑問に戸惑いながら問い返した。

「テファになにか恐がられるようなことでもあるんですか?」

マチルダは優が本当にこの世界とは違う人間、異世界の者であるということを実感していた。

口元に薄く笑みを浮かべると、

「いや、なんとも思わないならそれでいいさ・・」

「???」

「坊や!」

「は、はい!」

「・・ティファニアのことをよろしく頼むよ、あの子は箱入りだからね。誰かが護ってやらにゃいけないのさ」

、はい!」

急に優しい声で優に語りかけるマチルダ。

優は不思議に思いながらも声を大きくして返事した。

「さぁ飛ばすよ!暮れまでに戻らないとね!!」

「いっ?!ちょ、ちょっと待って!うわわ、わああ!」

草原に長々と続く道を一頭の馬が、勢いよく駆け抜けた。

異世界``ハルケギニア(大陸)``は大きく分けて、五つの国家が形成されている。

一つは大陸の西方に位置する古い歴史を持つ伝統国家``トリステイン``

歴史ある国家ゆえに伝統に固執し、近年国力の低下が懸念されている。

一つは大陸の中央に位置する随一の大国``ガリア``

大陸の中でも随一の軍事力を誇り``トリステイン``と同等の古い歴史を持つ。

一つは大陸の北東に大きな領土を構える``帝政ゲルマニア``

元々は一つの都市国家から成る小国であったが、周辺地域を併呑して広大な領土を成した。

一つは大陸の南に位置する都市国家群の一つ宗教国家``ロマリア``

6千年前``始祖``の弟子の一人が興したとされる古い国、``始祖ブリミル``を教祖とする教義を信条としたブリミル教の信仰の中心とされる。

これら大国を取り巻くように大小無数の小国が存在し、さらにその上に無数の町村が存在する。

また一般に``魔法``使うことの出来るのは貴族階級の人間とされ、一般市民から羨望と畏怖の対象として、そして生活保護の切り札として尊ばれていた。

人々の生活は``魔法``の上に成り立っていると言っても過言ではなかった。

そして優が召喚された、通称「白の国」と呼ばれる由来を持つ、上空3千メートルに浮かぶ浮遊大陸に国を成す、``アルビオン``

現在、この国は「ハルケギニアの統一」を詠った反王政派貴族と現王政派貴族の二つに分裂し、大陸全土を巻き込んだ内戦を誘発していた。

その反王政派を、革命軍``レコン・キスタ``と呼ぶ。

「み、港って、海じゃないんですか?」

港町に行くとは聞いていたので、てっきり海に向かうであろうとアタリをつけていた優。

しかし異世界の常識は、優のそれを軽くのみこむほどに大きかった。

「あぁ、あんたは知らないんだったね。このアルビオンはハルケギニアの空に浮いてるのさ。地上とは``フネ``を使って行き来してるんだよ」

「浮いてる?この土地が?地面が?」

マチルダに説明を受けてもまるで実感がわかない。

外から眺められればまだ理解がいったかもしれないが、この世界に最初に足を踏み入れたのが``浮く側``である優にとってはそうそう納得のいくものではなかった。

マチルダと優がロサイスに着く頃には正午を過ぎていた。

優は目に見える光景に圧倒されていた。

港は崖、海は空。

切り立った崖の先に、鉄橋の大きな桟橋がいくつも構え、大きな帆船に両翼をつけた``フネ``がいくつも空から空へ、雲海への停泊と出航を世話なく繰り返していた。

桟橋から``海岸``に沿って建物が立ち並び、港町をなしていた。

呆気にとられたままの優は痛む腰を撫でながら、しばし呆然と港を眺めていた。

「・・・すごい。本当に浮いてる。船が飛んでる・・夢じゃない」

そんな優の頭をマチルダは軽く小突くと、

「ほらほら、見とれてるんじゃないよ。やるこたぁ山ほどあるからね。覚悟しなよ」

脅すように言うマチルダに対し、優はまだ夢見心地な気分から抜け出せないでいた。

ロサイスは港町ということもあってか大勢の人々で賑わっていた。

白い敷石を敷いた道は車2台が通れるかどうかの道幅。

その両脇にレンガ造りの西洋調の雰囲気を醸す露店が構えられ、籠に一杯に詰められた肉や果物が色鮮やかに並んでいた。

その品々を求めて老若男女、さまざまな人々が人混みをなす光景はさながら電気街のようであった。

優からすればこの世界の一般人を見るのは初めてな上に、テレビでしか見たことのない外国の光景が目の前で営まれている。

感嘆としながら道に立つ様はまさに``おのぼりさん``である。

そんな優のマチルダ耳をぎゅ~っとつねるマチルダ。

「まったく!見とれてるんじゃないよ。スリのカモにされたいのかい?」

「イタタ。は、はい」

言われて肩から提げた皮袋に手をぽんぽんとあてて中身を確かめる優。

出掛けにマチルダから「あんた財布」と言われ渡されたのだった。

中には金銀銅貨入り混じって、優の肩にくい込むほどの重量を出していた。

「こんなに重いの、スられたりするんですか?」

「魔法でも使われたら一発さね」

「へ?魔法って召喚するだけじゃないんですか?」

「そりゃそうさ。召喚なんざ初歩の初歩。魔法の才能があれば際限なしさね」

そういえばティファニアはマチルダから魔法を教わったと言っていた。

「魔法って誰でも出来るのもなんですか?」

そう問う優にマチルダは少し遠い目をする。

「魔法を使えるのは全員がメイジだけどね、使えるのは貴族とは限らないのさ」

「?メイジ?キゾク?」

「魔法を使えるヤツのことをメイジというのさ。貴族ってのは、早い話がいいとこの連中のことを指すのさ」

言われて優に疑問符が浮かぶ。

彼女が言う``いいとこ``の人がスリなどするのだろうか?

それにマチルダは他人に魔法が教えられるほど使えるというのに、まるで他人事のような口調だ。

そんな優の疑問を察するようにマチルダは続ける。

「なんかの事情で家を追い出された次男坊や三男坊、御家取り潰しにされた貴族崩れが傭兵やら犯罪者やらに身を落としたりするのさ」

遠い目をしながら自嘲気味に語るマチルダ。

優は疑問したことを後悔し始めていた。

「・・ま、あたしには関係ないけどね」

そう言って足を進めるマチルダの表情は、どことなく寂しげだった。

「・・みんな、戦争戦争って言ってますね」

道行く人々、どの顔をとっても表情は暗くさえない顔をしている。

規模だけをとれば都会育ちの優にとって、外見を除けばさして驚くほどの大きさの町、人混みでもないのだが、すれ違う人が皆、口々にうやれ戦争だ反乱だと物騒な話題でしきりなのがどうにも気になった。

「そりゃそうさ。アルビオンは内乱のまっ最中だからね。庶民が使える玄関はここだけなのさ。・・あそこをご覧よ」

言って指差すマチルダ。

彼女が指差した先には、避難するのであろう大荷物を抱えた人々がまだかまだかと大行列を成していた。

「国がどうなろうとあたしら庶民にとっちゃさして問題じゃないのさ。何より問題なのは生活の拠り所と糧を失うことさね」

戦争、内乱、難民、どれをとってもテレビや新聞ごしにしか見聞きしたことのない優は、ただそれを呆然と見つめるしかなった。

「人の心配より自分の心配をしておきなよ」

「え?」

「戦乱の混乱に乗じて人攫いが横行したりするのさ。悪い連中が溢れた世間知らずを攫っていくなんざ、よくある話だよ」

言われて優は青ざめる。

まさに今の自分ではないか。

「お、脅かさないでくださいよ。マチルダさん」

「なに、ほんの冗談さ。それにあんた細っこいから、攫ったところで大した値もつかないだろうしねえ」

マチルダはそう言うと、けらけらと笑いながら優を小突く。

「・・・・・・・(哀怒)」

優はマチルダの言う事に否定できない自分を情けなく思った。

それからして二人はあちこちの露店をはしごした。

必要なのはまず、食料である。

内乱の行く末の先が見えない以上、保存の効くものを中心に買い集める。

「え~い!もってけ泥棒!!20でどうだい!?」

「あら、うれしいわ。ここのご主人、男らしくて素敵よ?私惚れちゃいそう・・・」

支払いの度にまるで演劇のヒロインのような熱い視線と艶のある口調で店主に値切りを交渉するマチルダ。

顔を覆うほどの荷物を両手で抱えながらその光景を見ていた優は、異世界であっても男がすることなすことはそう変わらんもんだと、遠い目をしながら眺めていた。

「物騒な世の中だからね。あんたも得物のひとつくらいは持っといた方がいいかもね」

「へ?え、得物?」

唐突に優に話しかけるマチルダ。

彼女の目には交差した剣を象った看板のある店が映っていた。

武器屋である。

二人は石段を上り、撥ね扉を開いて中に入っていった。

真昼間だというのに店内は薄暗く、ランプが灯されていた。

部屋の四方は大きめの棚には剣や斧が所狭しと並べられ、壁際には槍が博物館の様にかけられて、棚の隙間には立派な甲冑が置かれていた。

奥には50過ぎであろう親父がパイプをふかして揺り椅子に腰掛けていた。

店内に入ってきたマチルダと優を胡散臭げに見つめている。

「邪魔するよ、この子に剣をひとつ見繕ってもらえないかね」

慣れた口調で話を進めるマチルダ。

対して店主はあまりやる気のない声で優を見ながら、ドスのきいた太い声で

「すいませんが若奥様、坊主は聖具を、兵士は剣を、貴族は杖を、そして陛下はバルコニーから御手を振るうと相場がきまってございますように、人と得物には相性ってものがございます。

見たとこ、お連れは剣に振り回されるのがいいとこってなもんでしょう」

マチルダはもっともだという視線を優に向けて頷く。

「それもそうだね、それなら飾りもので構やしないよ。ナイフのひとつも持たせりゃ格好もつくだろうしね」

「へぇへぇ、ただいま」

そう言って店主は席を立つとカウンター側にかけられたナイフを手に取る。

形程度の装飾がなされ、鈍い銀色の光を放っていた。

あまり手入れが行き届いてないのが見て取れた。

店主がナイフをカウンターに置くと

「まぁまぁじゃないか。いくらだい?」

「へぇ、こちらの代物は、かの竜退治の偉業をなされたドゥラルド・リオン子爵が腰に下げていらした業物でさ。

しかも世間は戦乱の世ときたもんだ。欲しがる方々はごまんといらっしゃる。おやすかぁございませんぜ」

店主はこちらの足元を見透かしているようだった。

「銀貨20、銅貨なら300で結構でさ」

対してマチルダは返事する変わりに、少しつり気味の目をとろんとさせて軽く頬を染めながら太り気味の店主の脂のついた下顎に手を伸ばし、細い指でくすぐる。

「お値段、張りすぎじゃございませんこと?」

今日何度目のお披露目になるのだろうか?

なんだか声と口調まで艶っぽくなっている。

喉元をくすぐられる店主はひきついた声で、

「へ、へぇ。なんとも業物なもんで・・」

ごり押すようにマチルダは、

「お・ね・だ・ん、張りすぎじゃございませんこと?」

「・・ええい!銀貨10、いや5で結構でさ!!」

優はもうすっかり見慣れたその様子を、完全に手玉に取られる店主を憐れみを含んだ目で見つめていた。

それから2時間ほどして、買い物もひと段落して荷物を載せられるだけ馬に載せ、それでも載り切らない分はマチルダが``魔法``をかけて宙に浮かした。

優はそれを見て、ひとり感嘆していた。

「うわぁ、すごい。それが魔法ですか?」

マチルダは当然といった様子で、

「そうさ、大荷物運ぶのに``レビテーション``なんざ、この世界じゃ常識さね」

「そうなんですか?へぇぇ~」

買ってもらったナイフは腰のベルトに皮ひもで結びつけた。

なんかかっこいいかも、ひとり満足気味な優。

そんな最中、広場の方で騒ぎが起きた。

``決闘だァ!!相手は誰だ!?また傭兵か!``

「・・なっなに?」

恐る恐る問う優にマチルダはさして気にした様子も無く、

「いつものことさ。没落貴族だか傭兵崩れだかが酒入って揉め事起こして、決闘騒ぎをおっぱじめたのさ」

「・・近寄らない方が、よさそうです・・ね?」

「なんだい?物見遊山かい?あたしらにゃ腹をすかして帰りを待ってる家族がいるんだ。そんなヒマないよ」

「そ、そうですよね!」

「あらかた欲しいものは手に入ったし、これ以上いると夜になっちまう。ほら帰るよ」

「はい!!」

戦争、人攫い、決闘。

どれも優のもといた世界とはかけ離れた響きばかり。

それが今、現実に背中合わせになって存在してる。

``こんなのが必需品って、こりゃとんでもないとこにきたんだなぁ``

腰に下げたナイフに目をやりながら優は内心、自分がこれまでどれだけ安全という幸福に守られていたか痛感しながら二人は港町を後にした。

                                                         

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第3章

第3章~妖精たちの朝~

アルビオンと子供達の朝は早い。

窓から差し込む朝日の白く眩い光と、外から聞こえる子供達の歌声に起こされて優は目を覚ました。

まだ眠い目をこすりながら、のそのそとベッドから身を起こす。

寝ぼけ眼の優は、うっすらと開く瞼の隙間からぼんやりと周囲を確かめていた。

「目が覚めたら夢だった。なんてことは・・ないよなぁ。やっぱり」

良かったような・・、残念なような・・、なんとも複雑な気持ちを抱えて、下着姿から手早く着替えた。

きぃと、どこか懐かしい音をたてる木造りのドアを開けてみると、パンの焼ける香ばしい匂いが香ってきた。

匂いにつられて、ふらふらと足はキッチンへ赴く。

キッチンではきれいな金髪をひとくくりに束ね、三角巾とエプロン姿のティファニアと、まだ6つか7つぐらいの可愛らしい少女が朝食の支度を整えているところだった。

「やぁ、テファ。おはよう」

 まるで新婚の若奥様といった格好のティファニアを見て、思わずにんまり照れ笑いを浮かべてしまう。

 朝から邪な変な笑顔を浮かべていると思われるのは嫌だったので、優はおはようのあいさつでこっそり誤魔化していた。

「あらユウ、早いのね。おはよう」

ティファニアはにっこりと屈託のない穏やかな笑顔で挨拶をかえしてくれる。 

彼のこころ、彼女知らずといった感じ。

 咄嗟だったものの、どうやら功を奏したらしい。

「おいしそうな香りがするね。」

いかにもお腹が空いた。という格好の優を見てテファは可笑しそうに、

「もうすぐできるから。待っていてね。 ・・つまみ食いしちゃダメよ」

心の内をズバリ当てられて、優はドキリとする。

「・・・テファおねえちゃん」

少女が初対面の優を見て不安げな表情を浮かべながら、ティファニアの後ろに隠れるようにすりよる。

「大丈夫よ、エマ。さっき話したでしょう?この人がユウよ。わたしたちの新しいお友達よ」

「・・おともだち?」

「そう、お友達」

不安げな少女を優しく諭す母親のようなティファニア。そんなあたたかい光景に優は見とれていた。

「ユウ、この子はエマっていうの。仲良くしてあげてね。ほらエマ、もう自分で名前を言えるでしょう?」

ティファニアにつき添われて、恥ずかしそうに手をもじもじとしながら、すっと優の前に押し出されるエマ。

なおも表情は不安げ。そんな少女に対し優は、

「やぁ初めましてだね。僕はユウっていうの。よろしくね?」

努めて優しげに、はじめましてと話しかけた。

「・・・ゎ、ゎたし、エマ

聞き取るのがやっとの声でそれだけ言うと、ささっと少女は優の前から身を引き、さっとティファニアの後ろに隠れてしまった。

それを見た優は少し残念そうにしながら、

「あらら」

「ふふ、エマは恥ずかしがりなの。許してあげてね」

おかしそうにそう言って、少女の頭を撫でてやるティファニア。

優は苦笑するしかなかった。

そして、朝食の席。

小屋のすぐ脇に、切り株を使ってこしらえたテーブルにパンやサラダ、スープが並べられる。

並べるのを優も手伝った。

ティファニアが他の子供達に声をかける。

すると号令のかかったように子供達がぞろぞろと集まってきた。

けれども皆、ティファニアの後ろに隠れるようにして、怪しいものと疑うような眼差しでじぃっと優を見つめている。

 食事前の席に流れる気まずげな雰囲気を知ってか知らずか、何事もないかのようにティファニアが音頭をとる。

「さぁ、みんな。この人はユウっていうのよ。わたし達の新しいお友達。仲良くしてあげてね」

「え、え~っと。はじめまして、僕はユウっていうの。よろしくね」

何の予備知識もない優はしどろもどろになりながら、なんとか自己紹介する。

対して子供達はというと・・・。

「昨日の変なおにいちゃんだ!」

「テファ姉ちゃんに抱かれて気絶してたぞ!」

「きっと近寄っちゃいけない人だ!危ないんだ!!」

「きっとわるものだ!」

などなど、口々に優を怪しい不審者扱いしている。

「・・もしかして、みてたの?」

「テファ姉ちゃんをぼくたちから奪いにきたんだ!」

「そうだそうだ!わるものだ!」

「こ~ら、みんな。言ったでしょう?ユウは悪い人なんかじゃないわ。わたしたちの大事なお友達よ。仲良くしてあげなくちゃ!」

やんわりと子供達を叱るティファニア。

優はあちゃあという顔で額を押さえながら、半ば諦めたように乾いた笑いを浮かべていた。

皆で囲んで座る朝の食卓。

表だけを見れば絵になる光景だが、水面下では一方的なガンジー(無抵抗)主義の戦いを優は強いられていた。

優とティファニアと子供達、総勢7人の食卓。

片側はティファニアを囲むように、女の子2人の席。

対して向かい側は優を囲むように、男の子3人の席。

``・・・・いたい・・。``

声に顔に出さないように堪えながら、湧き上がるイライラを抑えながら、優は下半身の痛みと抵抗願望と戦っていた。

朝食の最中、優は子供達にずっと足を踏まれ、蹴られ、もう朝食をゆっくり味わうどころではなかったのである。

子供相手に怒鳴ることもできず、ただ痛みに耐えていた。

「どうしたの?ユウ?口に合わなかったかしら?」

「・・ぃや、とってもおいしいよ。テファ」

ぎこちのない笑顔の口元は、若干ひくついていた。

皆が朝食を終えた後、ティファニアが音頭をとって子供達に優にそれぞれ自己紹介するように促していた。

子供達は渋々仕方なくといった様子で憮然としながら、まず栗色の髪をした男の子が名乗る。

「・・ボクはジャック・・」

次に赤毛の男の子が、

「・・・ジム・・って言うの」

ややオレンジ色の髪の子が、

「・・・・サム、だよ・・」

亜麻色の髪の女の子が、

「あたしは、サマンサ」

そしてテファの後ろに隠れるようにして、今朝の女の子が、

「・・・ェ、エマって・・いうの」

ティファニアは満足げに、

「はい、みんなよくできました。ユウはここに来たばかりで、困ることも多いと思うの。だから、皆でユウを助けてあげてね」

一呼吸、間をおいて

「「「「「・・はぁ~い・・」」」」」

なんとも気のない返事が合唱して、困惑と疲労感でグロッキー状態の優の耳に届いていた。

``こりゃ、苦労しそうだなぁ・・・``

これから先を考えると、頭の痛くなる優なのであった。

朝食後、後片付けを済ませると、優はティファニアに尋ねてみた。

「あの子達ってみんなテファの兄弟?」

ティファニアは寂しそうな表情して話してくれた。

「・・ううん、みんな孤児なの」

「孤児?」

「このウエストウッドの村はね、孤児院なの。親を失くした子供達を引き取って、面倒をみているの」

孤児院なんて話でしか聞いたことのない優は、気まずそうに口を開いた。

「ごめん、なんだかわるいこと聞いたみたい」

「ううん、いずれ話さなければいけないことだし・・、ユウが謝ることなんてないわ」

「・・うん、でも・・あ!そうだ。なにか僕に手伝えることはないかな?」

気まずい空気を振り払うように声を上げる優。

「え?」

「ほら、僕はここで世話になる身だし、いい歳してるから、なにもしないわけにはいかないよ」

ティファニアは少し戸惑った様子で、

「・・え~っと、それじゃ・・、薪割りをお願いしてもいいかしら?」

「薪?」

「わたしは魔法が使えないから、食事の用意する時とかは薪を使っているの」

「うん、わかった。それじゃどこでやればいいかな?」

「外にジャックがいるはずよ。いつもはジャックがやってくれているの。皆のお兄さんなのよ」

``さっき一番ケリくれた子だ・・``

優の頭に苦い思い出が浮かぶ。

「わかった。それじゃ、その子にやり方聞いてみるよ」

「うん、お願いね」

初めての仕事にとりかかろうとジャックを探す優。

ウェストウッド村は、村の中で一番大きな小屋を中央に構え、その両隣を囲うように2軒の小屋が建ち並んで村となしている。

ティファニアの話によると中央がティファニアの住まいであり、ティファニアと子供達のリビングをかねているらしい。

そして右の小屋が男の子の住まい、左の小屋が女の子の住まいということだった。

村というよりは確かに孤児院といった風である。

小屋の前の広場で声を上げて笑い遊ぶ子供達に優は声をかけた。

「やぁ、ジャック・・くんだったかな。ちょっと教えてもらいたいことがあるんだ」

今までの笑い顔はいずこやら。

いかにも不機嫌な顔で、

「・・なんの用?」

「うん、テファに薪割りをお願いされたんだ。やり方は君に聞けばわかるって。・・僕に薪割り教えてくれないかな?」

怪訝な顔をして優に問うジャック。

「テファ姉ちゃんに?」

「うん」

「・・フン、テファ姉ちゃんじゃしかたないや。ついてきなよ」

「あ、ありがとう」

ぶっきらぼうに案内するジャックに優は内心たじたじだった。

``かつ~ん``

森に間抜けな音が響く。

案内された優は片手斧を構えて、初めての薪割りに兆戦してみた。

けれども都会育ち故か、出来上がった薪はなんとも歪な形をしていた。

ジャックは呆れた声で

「ほらほら!もっと腰に力入れて!」

「こ、こうかな?」

少年にへっぴり腰を注意される青年。

ジャックは案内するだけで後は優に任せるつもりだったのだが、あまりにも優がへっぴり腰な為、見かねて指図を始めたのだった。

「片手前に出しちゃダメ!下げて!腕落としたいの!?」

「は、は~い」

なんとも頼りのない光景であった。

``こりゃ思った以上に重労働だ・・``

内心、少しだけ後悔の念を抱きながらも、なんとか優は作業を進めていった。

今日の分が出来上がる頃には昼前になっていた。

「みんな~、お昼よ~」

「「「「は~い」」」」

ティファニアの呼び声に元気よく返事する子供達。

対して優は、

「ふ、ふぁ~い」

バテて、木陰で大の字になっていた。

異世界の空が赤みを帯び始め、辺りが夕焼け色に染まる頃、優はバケツ両手に近くの泉へ足を向けていた。

「あ~あ、すっかり暮れちゃった。失敗したな」

そうなのである。

昼食の後、水汲みをティファニアから頼まれていたのだが、木に背を預けて少しだけ食休みのつもりが、すっかり寝入ってしまった優なのであった。

泉の場所は既に教わっていたので、遅れを取り戻そうと足早に歩を進めていた優だったが、ふと泉から歌声が聞こえてくるのに気づいた。

「ん?誰かいるのかな?」

神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。

神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。

神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。

そして最後にもう一人・・・。

 

神の御心、ラドゥスヴィル。誇り気高き神の杖。幾多の星をその身に宿し、導きし我に希望を燈す。

4人の僕を従えて 我はこの地へやってきた・・・・。

これが天使の・・、天使の歌声というのだろうか。

初めて聴くはずの歌なのに、どこか懐かしい気がする。

聴こえてくる歌声に引かれて木陰からそっと泉を覗くと、そこには金髪の妖精が唄を奏でながら沐浴をしていた。

歌声の正体はティファニアだった。

沐浴をする=はだか。

ティファニアの肌は白魚のようにあざやかな白で彩られ、神様が直接手をかけて形作ったかの様な肢体は理想的な曲線美を魅せている。

星の川のように煌きをはなつ金髪が、熟れすぎた果物のように巨きな彼女の胸。

その先にそれぞれついた、薄紅色のふたつの果実をかろうじて覆い隠すようにしゃらりとかかっていた。

文字通り一糸纏わずの姿。

全裸だった。

心地よさそうに腰までを泉につけ、細い両の手で清水をそっと掬いあげて静かに口に含む仕草をする。

絵画の世界がそのまま現実に起きている、夢よりも夢のような現実が今、優の目の前で起きていた。

優の眠っていたはずの男の本能がマッハの速度で目を覚ました。

0.2秒で木陰に隠れて身を縮めていた。

高速で流れるマグマのような熱を帯びた血液が、脳を風船のように熱膨張させている。

決して悪気があったわけではないのだが、見てしまった。

彼女を・・・、彼女のほぼすべてを・・・。

裸婦の天使の姿が、優の脳裏に焼きついて離れなかった。

「・・ど、どうしよう。声をかけて謝るべきだろうか?いや、でも・・」

普通の男なら二の句もなしに覗くこととするであろう、この状況。

そんな中、声をかけて謝るか迷うという発想に行き着く優の思考は、違う意味で枠を超えていた。

そして、

「・・あ、あの。て、テファ?」

興奮のあまり血迷ったのだろうか。

木陰に隠れてあっち向きながら、恐る恐る天使に声をかける優。

「・・っ! だ、だれっ!?」

声に気づき、驚き慌てて胸を両手で覆い隠すティファニア。

「ぼ、僕だよ。優だ。・・その、ごめん。水を汲みにきたら、その、君がいて・・」

「ユ、ユウ!?ユウなの?」

「うん、僕だよ。ごめん、悪気はなかったんだ」

「ちょ!ちょっと、まっ、待ってて!い、いま着替えるから」

優とわかって、いくらか声を落ち着けようとしながらも、相当に動揺気味のティファニア。

慌てて着替えようとするも、動揺に手が震えて服を上手く着ることができない。

そのうちに、沐浴と半身をつけていた泉の水に取られて、転びそうになってしまう。

「・・きゃっ」

次の瞬間、ティファニアは小さな悲鳴をあげてバランスを崩し倒れてしまう。

「・・・?」

 ばしゃんとくる。そう直感し、瞳をぎゅっとつむって、いざ来るその瞬間に備えようとする。

しかし、いくら待っても足元に広がっているはずの水が顔にあたってこない。

その代わりに、なにか絹のようなものが背中にかかっているのがわかる。

いったいどうしたのだろう?

ティファニアがおそるおそる瞼を開けると、優が顔をぐぎぎと骨と筋肉が悲鳴音をあげそうなほどに明後日の方向に向けて、Yシャツをティファニアに被せるようにして両手で抱きかかえていた。

「・・あ、あの。ユウ?」

「ごめん!テファが危ないと思ったら体が動いてたんだ」

「と、とにかく離してちょうだい!」

「は!はい!!」

慌ててティファニアを抱き起こすと、すぐさまに優は身を引いて木陰に隠れた。

たどたどしい手つきで、ようやく着替えるティファニア。

「・・も、もういいわよ、ユウ・・」

そう声をかけられても、木陰から動けない優。

代わりに声を張り上げた。

「本当にごめん!言い訳はしないよ。僕を嫌いになったら、追い出してくれて構わない!!」

かなり自虐気味な口調で声を張り上げる優。

ティファニアは落ち着いた口調で窘めるように、

「・・いいわ。今のは事故だもの、許してあげる。・・けれど、ここで見たことは・・、忘れて・・、ね」

「は、はい!!ごめんなさい!」

顔を真っ赤に染め上げたままのティファニアがその場を離れても、しばらくそこを動けない優だった。

とにかく気まずい雰囲気は、夜になって小屋に戻っても続いていた。

リビングにあたる部屋で、中央に備えられたテーブルのイスに腰掛けたティファニア。

挟んで向かい手側には、座ったままでしょんぼりと肩を落としている優がいる。

お互い一言も口を聞けない優とティファニア。

なんとも気まずい雰囲気を子供心に感じ取ったのか、子供達は別の部屋に集まってなにがどうしたと、皆で小声に井戸端会議を開いていた。

そんな静寂はマチルダの声によって破られた。

「テファー!今もどったよ!」

「ね、姉さん!早かったのね」

昨日から町に赴いていたらしいマチルダ、あまり景気のいい顔をしていなかった。

「やはり戦争は避けられそうもないね・・・」

イスに腰掛けて、苦虫を噛み潰したようにぼやくマチルダ。

ティファニアは伏せ目がちに、

「そう・・・やっぱり、・・戦争が始まってしまうのね」

「せ、戦争!?」

教科書でしか知らない言葉が聞こえてくるのに驚く優。

そんな優にマチルダは事情を説明する。

「そう。今このアルビオンはね、内乱まっ最中なのさ。

レコン・キスタ(革命軍)によるアルビオン王家への内紛でね。まったく、あたしら庶民にしてみりゃ迷惑極まりないよ」

説明の内容はほとんど理解できなかったが、とにかく喜ばしくない話というのは理解できた。

「ま、今更王家がどうなろうと、知ったこっちゃないがね・・。」

ふぅと、ため息混じりにそう言うと、マチルダはどこか遠い目をする。

「姉さん・・」

ティファニアもどこか心ここにあらずといった表情だ。

優は話しかけるきっかけを完全に失ってしまい、ただ黙って座っていた。

「・・学院の方の休暇もそろそろ終りだしねぇ。そうだ!坊や、あんた明日、あたしに付き合いな!」

思いついたようなマチルダから唐突に声をかけられる優。

「ふぇ?」

「内戦が本格化する前に、色々と町で買出しておかにゃいけないのさ。ちょうど男手もできたことだしね」

「あ、ぁあ。はい」

「ね、姉さん。ユウはこの世界に召喚されたばかりなのよ?いくらなんでも・・」

「だったらなおさらさ、いい歳こいた男が買出しも出来ないでどうするよ。

寝床と食事の面倒みてもらってるんだ、それなり働いてもらわないとね」

優はすまなそうに目を伏せながら、

「大丈夫だよ、テファ。それにマチルダさんの言うとおりだ。

僕も僕なりになにかしなきゃ。それにテファには、その、あの・・悪いことしちゃったし

語尾が消え入りそうなほど消沈して、反省の意を述べる優。

「・・ユウ」

そんな優をティファニアは心配そうな表情で見つめていた。

「決まりだね。明日は早いよ、今日は早く休んどきな」

こうして、朝一番にマチルダと優はここから一番近い港町``ロサイス``へ向かうことになった。

                                            

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第2章

2章~双月の下で~

深夜。優は森に吹く微風に身を委ねながら、ぼんやりと夜空を見上げていた。

「・・ん、いい風だなぁ」

心地のよい風に頬を撫でられ、ひとり呟く優をふたつの月が穏やかに照らしていた。

「紅い月と蒼い月なんてなぁ・・。まるで童話の世界みたいだ」

誰ともなく囁くように夜空を見上げる優の顔は、困惑と疲労と無力感と、ほんの少しの満足感を混ぜ合わせたような、諦めにも似た表情だった。

今、この状況の何もかもが優にどうしようのない現実を教えていた。

あきらめなさい 貴方は受け入れることしかできないのだから

淡く儚い紫を彩る月明かりは、優にそう告げているかのようだった。

「よっ・・・と」

すぐ傍の木の根に腰を下ろす。

空に浮かんだ見慣れぬふたつの月を見上げる優の瞳は、どこか寂しさを滲ませたような夜の色をしていた。

「こんなのが見られるなんて思わなかったな。写メに撮っておけるかな?」

ふと思いついて、ポケットから携帯を取り出し、パカリと開いて夜空の月にレンズを向けた。

「なにをしているの?」

背中側から天女が囁きかけてきたのかと思うような、なんとも綺麗で美しい声がかった。

誰の声か、すぐに分かった。

声の主を察したと同時に、優は自分の頬がサァッと熱を帯びて、赤くなってしまっているであろうことを感じていた。

さっきの感触を・・。あの天にも昇る心地の良さを思い出してしまっているからだ。

それでもなんとか、ばくばくと鼓動を早めようとする心臓を落ち着けるように胸に手をあてて、大きく深呼吸。

一息ついてから少し上ずったような声で、優は彼女に顔を向けて返事をした。

「・・やぁ、テファ。いやね、月がきれいだったから写メにとっておこうと思ってさ」

「シャメ?」

意味がわからないといった様子で、テファと呼ばれた金髪の美少女は優を見つめた。

「ああ、写メっていうのはね。え~と・・なんて言えばいいのかな?

そう、景色を残しておけることって言えば伝わるかな?」

しどろもどろになりながら、何とか要点を伝えようとする優。

そんな彼をきょとんとした表情で見つめたまま、少女はオウム返しに言葉を返す。

「残す?景色を?」

「そう。いまやって見せるよ」

言うより早く、優は携帯を夜空に向け、シャッターをきった。

オルゴールのような音が微かに森に響く。

携帯の画面には確かに今見上げる夜空の月がくっきりと映し出されていた。

しっかりと画面に映したのを確かめて、なにをしているのかと怪訝な面持ちをした少女に携帯を向けてやる。

「ほら、できたよ」

わけがわからぬ顔したまま、少女は優が差し出した携帯の画面に目をやった。

「わぁ・・すごい。どうやったの?魔法?」

 金髪の少女はサファイヤのように澄んだ蒼い色の瞳をまん丸に見開いて、素直に感嘆の声を上げてくれる。

優にとってはさして珍しくもない、当たり前のようなことなのだが、素直に感動してくれた少女に苦笑しながら答える。

「ううん、魔法じゃないよ。これは機械。科学の力ってとこ、かな」

「キカイ?カガク?」

さらにわからないといった感じで、困った顔をして首をかしげてしまう少女。

優は慌てて説明を入れた。

「あぁ、いきなり機械だ、科学だって言ってもわからないよね。要するに、僕のいた世界のものなんだ」

「あなたのいた世界の?」

優にとっては彼女に助け舟を入れたつもりだったのだが、今の場合にはそれが裏目に出てしまったようだ。

彼のいた世界

少女は胸の内でそう反芻すると、美しい蒼を彩ったその瞳を哀しそうにゆがめてしまった。

時は数時間ほど遡る。

「ツカイマ?」

なんとも間の抜けた声で優はオウム返した。

「い、いったいツカイマってなんのことですか!?それにこの胸の模様は!?さっきの痛みは!?」

彼を知る人から言わせれば珍しいほどに、声を荒げて優は少女と女性に向かって問いただす。それも無理もない。

周囲は優を温厚と評すが、さすがに突然見知らぬ土地に彷徨いこんで、訳もわからぬまま突然見知らぬ美少女にキスされて、天国から地獄に堕ちるような激痛に曝されて、それで穏やかで済ませられるほど、彼は人生を極めていなかった。

そんな優の怒鳴りこむような問いかけに、それまで悲しそうですまなそうな表情を浮かべたままの金髪の美少女が、今にも消え入りそうな儚く弱々しげな声で応えてくれた。

「・・ほ、本当にごめんなさい。まさか、こんなことになるなんて思わなかったの・・・。

マチルダ姉さんから召喚の儀を教えてもらって、初めて上手く出来た魔法だったから、わたし、嬉しくって、それで、それで・・・」

見るものをなんとも切ない気持ちにさせる雰囲気を醸し謝りながら、なんとか応えてくれる少女。

彼女のその美しい声に、徐々に嗚咽が混じりはじめる。

両の手を小さな口元を覆い隠すようにあてると、蒼い瞳にうっすらと涙が滲んでいくのが見てとれる。

まずい!?きつく言い過ぎた?

自分が言い過ぎたことに気付く頃には時既に遅く、とうとう金髪の少女は堪えきれずに泣き出してしまった。

「あ~あ、かよわい女の子を泣かせるなんて。みっともないねぇ。それでも男かい?」

新緑色した長い髪の女性が、じと~っとした目で優に一言。

そうして女性はプイと優に背を向けて、優と少女の壁になる。

手で口元を覆って大粒の涙を流して嗚咽する少女を慰めるように自身の胸に抱き寄せ、あやすようにやんわりと少女の後ろ頭を撫でてやる女性。

言い返しようのない、もっともな意見を突きつけられてしまった。

すると沸騰した優の頭は、まるで氷水でも落とされたかのように、一気に零度以下まで冷め切った。

我に返った優は、あたふたと慌てて少女に謝罪した。

「ごめんっ!言い過ぎた!!僕が悪かったよ。ごめん、ごめんね? ああ・・、ほら泣かないで?」

言いたいこと聞きたいことは山ほどあるのだが、こうなってしまってはしようがない。

こんなに可憐な少女を泣かせてしまった時点で、優の敗北確定、白旗、お手上げである。

慌てて謝る優を見て、少女は綺麗な顔をくしゃくしゃにして、しゃくりあげながらも、

「うぅん、わたしがいけないの。謝るのはわたしのほう・・・」

「いや、でも、女の子を泣かせちゃうなんて、思わなかったんだ。ごめん。ごめんね?」

 非は全て彼を召還してしまった自分にあるというのに、逆に侘びをいれてくる青年に、少女は泣くことも忘れて慌ててかぶりを振る。

「そんな、あなたは何も悪くないわ・・」

「いや、でもね・・・」

なんだか、二人は堂々巡りの体を始め出した。

「ほらほら、あんた達!!互いに謝ってばかりじゃ話が進まないだろう?

テファ?坊やもいくらか落ち着いたみたいだし、まずは自己紹介でもしたらどうだい?」

ついさっきまで優から護るように少女の壁になっていた女性は、謝罪する優を見て害はないと判断したらしく、一歩退いて様子を窺っていた。

いい加減ラチがあかないと思ったようで、呆れたような声と仕草で女性が音頭をとる。

すると我に返ったように同時に面をハッと上げて、視線を合わせる優と少女。

 女性の指摘に最初に応じたのは、少女の方だった。

「・・あの、みっともないところを見せてごめんなさい。

わたしはティファニア。呼びにくかったらテファって呼んでね。

そして、こっちがマチルダ姉さん。

えぇと、・・・その・・あなたの名前も、教えて貰えない・・かしら?」

恐る恐るといった風で、伺いかけるように名乗りをあげるティファニア。

見ず知らずの年頃の男子を前にして、恐縮しながら挨拶を述べてくれる彼女の仕草には純朴な印象をもたせながらも、どこか高貴な気品を感じさせるものがあった。

そんな彼女が話しかけてくる様子に、優は心を奪われてしまっていた。

なんて綺麗な女性(ひと)だろう。こんな美人はみたことがない。

大袈裟じゃなく、素直に、率直に、そう思った。

木々の間を縫うようにそよぐ穏やかな風が、ティファニアの金髪を流れるように揺らす。

微風なびく彼女の髪が、木漏れ日に反射して眩いばかりに輝き、辺りに光を振りまいている。

先程、優がティファニアを初めて見た時に光と見違えたのは、このためだったのかもしれない。

それにしても綺麗な髪だ。

よく見ると、普通の人の半分くらいの細やかな髪だ。それに比例するようにしなやかさも備えている。

黄金の海のような見事な上質を魅せたブロンドがなびくたび、しゃららと空気を楽器にして、なんとも聞こえのいい爽やかな音色を奏でていた。

目を惹かせるのは髪だけではなかった。

さながら芸術品を思わせる見事な出来栄えをした髪に追ずるように、肢体もまた見事な出来栄えだった。

彼女の印象は基本に『細い』と感じさせるものがある。

ただ細いだけではない。

髪に習うように、しなやかさも併せ持った細やかなつくりの肢体に相反するような、歪なまでに大きく豊かな胸が、月のように儚い白を彩った肌の色があいまって、神話やお伽話に聞いた聖母のような美しさを演出している。

写真で見たような彫像などとは比較にならない。なぜなら目の前の彼女は生きてそこにいるのだから。

まさに、神が自らのみをふるって彫芸を施し召されたような、見るもの全てを魅了してしまう魔力を秘めた容姿。

彼女の年齢を不詳にするあどけのなさを残した小さなつくりの顔立ちが、この世のものとは思えぬ神々しいまでの容姿に可愛らしさを加えている。

こんな可愛くて綺麗なひとが本当に世の中にいるんだなぁ。などと間の抜けた事を思いながら、さながら妖精のような少女に優はただただ見とれてしまっていた。

  

「あ、あの・・・」

 その妖精が困った表情して、相手の返答がないことに戸惑っている。

ターンが自分に回っていることに気付き、慌てて背筋を伸ばすと、

「ぼ、僕は、柏木 優。ははじめまして、こここんにちは。ど、どうぞよろしく!」

畏まってるんだか上がってるんだか、なんともしどろもどろな・・、どうにも情けのない自己紹介だった。

緊張しきった優の様子が、逆にティファニアの緊張を緩めたらしく、彼女はいくらか安心したような表情をみせると、

「カシワギユウ?随分珍しいお名前なのね」

「そ、そうかな?ワリと普通じゃないかと思うんだけど・・?」

照れくさそうに頬を掻きながら、優はティファニアに話しかける。

「え~っと、テファ・・さん?」

くすくす、笑われてしまった。

「呼び捨てでいいわ」

「えっと、テファ?」

「うん!」

嬉しそうに頷くティファニア。

つられるように、優の表情も笑顔に緩む。

初対面なのに、どこか他人の気がしない二人なのであった。

不謹慎かもしれない。けれど、ティファニアの泣いている表情も美しかったが、やはりそれ以上に笑顔の方が美しかった。

女の子の笑顔が見れるなんて、初めてだ

随分かんたんなことに感動する優だが、今はそれどころじゃないことに気付き、軽く頭を振って思考を切り替えた。

落ち着いて辺りを見回す。周りには見るからに樹齢の高そうな木が生い茂って、まるで樹海のような森をなしている。

よく見ると、少し離れたところに木々の合間を縫うように建てられた、手作り感のあふれた木造の家屋が見えた。

 状況を見た限りには、自分は森の中にいるようだ。

 見れば分かると言えばそれまでなのは分かるけど、どうして?なぜ?いったい何があって僕はこんなところにいるんだろ?

「う~んと、それじゃテファ。いくつか教えてもらいたいことがあるんだけど、いいかな?」

今度は怖がらせないように、なるたけ優しい声色をしてティファニアに聞いてみる。

「ええと、突然のことで上手く説明できないかも知れないけれど・・それで良ければ」

 いくらかさっきよりも落ち着いた様子で、ティファニアは優に応えてくれた。

 けれど、彼女の仕草も表情も、まだ緊張と警戒を感じさせるものがあったが・・・。

「うん、十分だよ。それじゃ最初の質問ね。ここは一体どこなのかな?」

「ここはウエストウッドの村。アルビオンのサウスゴータから50リーグ程離れた、森の中の小さな村よ」

「???」

あるびおん?さうす?りーぐ?

かろうじて森の中の小さな村ということは聞き取れた。

だが、なにがなにやらさっぱりわからないことに変わりはなかった。

ついさっきまで東京の住宅街にいた自分が突然、森の中にいるのだ。

二人の身なりといい、容姿といい、ここが東京でないことは容易に想像することはできた。

だが、ティファニアの返答は優の想像を楽に超えていた。

「えっと、ユウ・・で、いいかしら?」

「・・・あっ、うん。優って呼んでくれて大丈夫だよ」

「ユウ、あなたはどこから来たの?」

「・・僕はついさっきまで東京の自分の家の近くにいたんだけどね。

変な鏡みたいなのに吸い込まれて、目が覚めたらここにいたんだ」

「トウキョウ?」

「うん、ほら日本の、首都の東京。結構有名だと思うんだけど」

「ごめんなさい、わたしにはわからないわ。姉さんはどう?」

いずれ話を振られるのも予想の範疇だったらしい。

マチルダは艶やかな新緑を彩った髪と同じ色の瞳を伏せると、両の手を掲げひらひらさせる。

それは白旗のサインを示していた。

「そう・・、姉さんにもわからないのね。どうしたらいいのかしら・・・」

また泣いてしまいそうなティファニアの様子に気付いた優は、慌てて質問を変える。

「じゃ、じゃあ二つ目の質問ね。どうして僕はここにいるのかな?」

今度は言い難そうに下向いて、もじもじとしながらティファニアは答える。

「・・その・・・、『サモン・サーヴァント』で使い魔』を召喚したの。そうしたらあなたが呼び出されてしまったの」

使い魔?あの、魔女とか魔法使いとかのお話にでてくるアレ?黒猫とかカラスがメジャーなヤツ?

「マチルダ姉さんは優秀なメイジなの。わたしに魔法を教えてくれたわ。

でも、わたしって才能が無くて、いつも失敗してばかり。どうしても上手くいかないの・・」

そう言って、綺麗な瞳を伏せて肩を落とすティファニア。

マチルダはそんな彼女を気遣うように、背中を優しく撫でながら、

「まぁ、あれだね。魔法が出来ないのなら使い魔にその分を埋め合わせてもらおうと思ってね。

あたしが召喚の儀もとい、『サモン・サーヴァント』を教えたのさ。

まさか人間が召喚されるなんざ、さすがにあたしも思いもよらなかったけどね」

つまり、自分はその召喚の儀とやらで呼び出されて、ここにいるのだろうか。

念の為、頬をつねる。痛い。夢じゃない。

「それじゃあ、その・・さっきのキスは?」

「『コンタクト・サーヴァント(契約の儀)』を行ったの。あなたの胸に刻まれているルーンがその証」

言われて優は自分の胸を見つめる。

思い出すだけでも甘く禍々しい、なんとも喜ばしいような痛々しいような複雑な記憶が甦る。

かぶりを振って、苦痛の記憶を払いながら優は一番気にかかることを聞いた。

「最後の質問ね。僕はもといたところに帰れるかな?」

それを聞いてティファニアは、本当に申し訳なさそうに頭を垂れる。

「ごめんなさい。それは無理なの」

「・・へ?む、無理って、そんな・・・、どうして?」

語気が荒くなるのを必死に抑えながら、優はおそるおそる問い返す。

言い難そうに口篭ったままのティファニアに代わって、今度はマチルダが答えてくれた。

「召喚の儀を行えるのは一人のメイジにつき、一体の使い魔と相場が決まっているのさ。

人間が召喚されるなんて事例、聞いたこともないけどね。その制約は同じだろうよ」

「そんな!契約を取り消すことは!?」

「無理だね。言ったとおり、メイジが契約できるのは一人のメイジにつき一体の使い魔。

だが、もし使い魔が死ぬようなことがあれば、メイジは使い魔を再度召喚することができるのさ。

もっともその逆はないけどね」

 さらりと極刑を宣告されてしまった。

へなへなと力を失い崩れるように、優は両膝を地面につけた。

「そんな・・・そんなことって・・・」

「・・・本当に、ごめんなさい。わたし、なんて謝ったらいいのか・・・」

両膝を地面につけてへたりこむ優の頭を包みこむように腕を回して、ティファニアは優を抱きしめた。

むぎゅ。

「・・? ・・・! ・・・・・!?」

・・な、なんだろう、なんていうのだろう、この感触は。こんな、こんなことがあっていいのだろうか?

当たっているのである。

顔に、暴虐的な大きさを誇る、その胸が。

優の顔のラインに沿ってティファニアのおおきな、その胸が、豊かな双丘が、まるで上質のクッションのように形を崩している。

生まれてこのかた女性に触れるなんてことはもちろん、クラスの女子と話す機会すらろくにもってない優にとって、これは刺激が強すぎた。

現実は冷酷だって言うけど、そんなの嘘だ。だって今の僕は温もりに包まれてる・・・

こんな綺麗なかわいい子に抱きしめられて、その上、その子の胸が顔に当たっている。

「・・・ぅあ・・ぁあ・・・ふぅうわぁぁぁ・・」

声にならない声を上げ、体中の血がマグマのように沸騰するのを感じとると同時に、優の脳内ブレーカーがボンッ!と音を立てて弾け飛ぶ。

そうして天にも昇るような幸福感に満たされたまま、優は意識を手放してしまった。

「!? ユウ! どうしたの、ユウ!? しっかりして!!」

突然、ガクリと見知らぬ青年が力を失ってもたれかかってきたのを不思議に思い、その顔に目をやると、そこには本当に幸せそうな表情を浮かべて、気絶した優がそこにいた。

驚いたティファニアは必死に呼びかける。が、優は応えない。

マチルダはあ~あと片手を額にあてながら、先が思いやられそうだと頭を痛めていた。

それから夜も更けた頃。

村の一角の小屋の粗末な木造りのベッドの上で、窓から差し込む柔らかい光に優は目を覚ました。

窓から見える景色に今が夜だとはわかったものの、それにしては外がやけに明るいのが気になり、目覚ましがてら近くを散策していたのである。

外に出るなり、真っ先に光の正体を知らしめされた優は、驚くと同時に諦めにも似た感情を抱いていた。

初めて迎える異世界の夜。

それはどうにかなるだろう、と楽観を試みようとする優の心に諦念を抱かせるには、十分過ぎるものだった。

「・・・月がふたつもある・・・」

本当に自分が違う世界の違う場所にいるという現実。そんな現実を紫色の月明かりは優しく突きつけていた。

夜の空には紅い月と蒼い月。

まるで連れ添う夫婦のように、ふたつ並んで淡い色した紫の光を照らしている。

優が外を明るいと感じるのも無理はない。

なにせ月がふたつもある上に、それぞれが優の世界のそれとは比べ物にならないほど大きいのだ。

夜の闇を纏った深い森の中だというのに、足元が確かめられるほどの眩い輝きを放っている。

ここは地球じゃない。

そう確信させるには、十分過ぎるものだった。

そして、現在。

「ねぇ、ユウ。故郷へ帰りたい?」

おずおずと問いかけるティファニアに、優は思い起こすような口調で応えた。

「そりゃあ、やっぱり帰りたいかな」

ティファニアの表情が曇る。

「本当にごめんなさい。わたしが召喚の儀なんてしたばかりに・・」

「えっ!あ、いや。テファのせいじゃないよ。

それにテファはいきなり呼び出された得体の知れない僕に、あんなに優しくしてくれたんだもん。

逆に感謝してるぐらいだよ」

慰めるはずが、逆に慰められているティファニアだった。

それでも美をそのまま象った、青磁のような彼女の表情にかかる曇りは、晴れなかった。

「マチルダ姉さんから聞いたわ。

サモン・サーヴァントは、ハルケギニアのどこかの生き物を呼び出すの。

普通は動物や幻獣なんだけど、人間が召喚されるなんて聞いたこともないって・・」

「その、召喚の魔法っての、もう一度僕にかけてみてくれないかな?」

「え?」

「いや、もしかしたら戻れるかもと思ってさ」

「ごめんなさい。あなたが寝ている間にやってみたのだけれど、何も起きなかったわ」

かすかな希望もあっけなく潰えてしまい、優は力なく息をついた。

そんな優の隣に腰掛け、すまなそうに見つめたままティファニアは話を続けた。

「使い魔には主の目となり、耳となる能力が与えられるの」

「なに、それ?」

「つまり、わたしの見たもの、聞いたものが、そのままあなたに伝わるはずなんだけど・・・」

 さらりと、結構すごいことを彼女は告げている。

「・・う~ん?そう言われてもな。なにも感じないよ」

 が、言うとおりなにも感じていない当の本人にとっては、ことの重大さが伝わりきらないようだ。

「そう・・・。やはり人間を使い魔にするなんて、無理があるのね・・」

なんとはなしに優は自分の胸にそっと手を当てる。それを察したティファニアは、

「あなたの胸に刻まれたルーンは、わたしの使い魔であるという証のようなものなの。

あなたが召喚された時、契約をするか迷ったわ。

でも、あなたをもといた場所にかえす手だてがない以上、他にどうしようもなくて・・」

「送り返すとか、そういった魔法は・・ないの?」

ティファニアは瞳を閉じて、小さな顔を軽く横に振る。

「・・そう、どうしたもんかな・・」

ふぅと、肩を落としてため息混じりに呟く優。

己の罪悪感から優に顔を向けることができず、視線を下にしたままで、出逢ってからずっと気にかけていた事をティファニアは恐る恐る尋ねてみた。

「ねぇ、ユウ? ・・・あなたはわたしが怖くないの?」

「ふぇ?」

突然、何事か問うてくるティファニアに優は目を丸くする。

「・・どうして、僕がテファを怖がらなきゃいけないの?」

なおもティファニアは窺いかけるように、

「ユウはわたしを見て、なんとも思わないの?」

「そりゃとても綺麗だと思ったよ。初めてテファを見た時、妖精が目の前にいるかと思ったんだ。今もその印象は変わらないよ」

それを聞いたティファニアは、羞恥に白い頬をほんのり桜色に染めてしまう。

顔を伏せ、とても言い難そうにもじもじとしながら、悪い病でも告げるように、

「・・・わたしが『エルフ』の血を引いてると言っても?」

「・・えるふ?それってなんのこと?苗字?」

なにがなにやらといった様子で、さっぱりわからない表情で逆に問いかけてくる優を、ティファニアは驚いた顔で見つめる。

「ううん、わたしはハーフエルフなの。この長い耳がその証。エルフは、この世界では畏怖されているの」

 そう言うと、ティファニアは自身の金髪をかきあげるようにして自らの耳を示す。

 言うとおり彼女の耳は、人とは多少違ったデザインをしている。

 見事なブロンドの隙間から、つんと尖ったかたちをした長い耳が覗いていた。

 優も彼女の耳に気付いてなかったわけではない。

 ただ、他人(ひと)の身体をどうこう言うのは悪いことだと教わっていたので、突っ込んで聞くようなことはしなかったのである。

 夢のように美しい彼女の容姿が、気立てのほほんとした優の心に世の中こういう人もいるんだな、と有無を云わせず納得させてしまう『魅了』という魔法をかけてしまっていた・・・と、いうところだろうか。

魔法にかけかれた優は、さっぱりわからない様子でティファニアに尋ねる。

「どうして?テファはこんなに綺麗なのに?どうして怖いのさ?僕はとっても綺麗だと思うんだけどなぁ」

思いもよらぬところで、逆に尋ねられてしまったティファニア。

桜色にほんのり薄く染めていた頬を、今度は夕日のようにさらに朱く染め上げると、

「も、もう!あまり綺麗なんていわないで!!」

「え~。だってテファ自分のこと怖いなんて言うんだもん。僕はそうは思わないよ。とっても綺麗だって、そう思うよ」

もうティファニアは、羞恥から今にも頭から湯気が立ち昇りそうなほど真っ赤になってしまった。

「・・もう綺麗なんて言わないで。今度言ったらわたし、口を聞いてあげない。もし、今度また言ったら、逃げちゃうんだから!」

「あ、あぅ~・・・」

わけもわからぬままに、恐くないか?などと言い出す彼女に目を丸くしながらも、至極当然のことを言っただけのつもりの優だったが、当の彼女は機嫌を損ねてしまった。

自慢じゃないが、自分は決して異性の扱いに長けているタイプじゃない。どっちかといえば、むしろその逆だ。

けれども、礼儀を知らないわけでもなかったので、恐い云々と問うてくる彼女に対し、自分の率直な印象を素直に述べた・・・。

つもりだったのだが、まったく他意がなかったわけでもないので、もしかしたら自分のそんな下心を見透かされてしまったのだろうか?

 誰かに聞いたら深読みしすぎと突っ込まれそうなこと考えながら、ティファニアの理不尽な要求を呑むしかできず、他に言葉も見つからずに、やむえず優は押し黙る。

二人の間にしばしの沈黙がながれる。

やがて、そんな場に流れる気まずい沈黙を破ったのはティファニアだった。

「・・ねぇ?ユウ」

「ん?」

「・・その、もしよかったら・・、わたしのお友達になってもらえないかしら」

「え?」

 今度はまた随分突飛な彼女の一言に、優はまた目を丸くする。

「あなたを初めて見た時、本当はとても怖かったの。

わたしと同じ年頃の男の子なんて見るの、初めてだったし、エルフのわたしを見て、何か怖いことされるんじゃないかって・・・。

そう、思ってしまったの」

それを聞いて、優は困ったように苦笑する。

「ひどいな、そんなことしないよ。確かに突然で驚いちゃったけど、テファに乱暴なんてするわけないよ。

・・・でも、お友達か。僕でいいのかな?」

穏やかな笑顔で話しかけてくる優を見て、ティファニアは安心したような、どこか満足げな様子で、

「うん!やっぱりわたしは間違ってなかった」

「?」

「さっきからあなたとお話していて感じていたの。

とても優しそうな人だなって。だから、きっと、お友達になれるんじゃないかって、そう思ったの」

ティファニアはそう言って、綺麗な笑顔を浮かべる。

 綺麗な・・・、ほんとうに綺麗な笑顔だ。見るものを幸せにさせるような魅力をはなっている。

「なんだかそう言われると照れちゃうな」

そんな彼女の眩いばかりの笑顔に魅せられて、照れくさそうに頬をかきながら、優は続ける。

「突然でわからないことだらけだけど、テファがそう言ってくれるなら、僕は喜んで友達になるよ」

 ティファニアは嬉しそうに微笑みながら、

「うん!わたしのほうこそ、よろしくね。ユウ!」

ふたつの月が優しく見守る中、眩いほどの美貌を持つ主と、優しげな雰囲気を醸す使い魔の関係は、お友達から始まった。

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第1章 プロローグ

ゼロの使い魔~Another Side Story

~そして最後にもう一人・・・~

神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。

神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。

神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。

そして最後にもう一人・・・。

 

神の御心、ラドゥスヴィル。誇り気高き神の杖。幾多の星をその身に宿し、導きし我に希望を燈す。

四人の僕を従えて、我はこの地へやってきた・・・・。

プロローグ ~異世界への招待~

彼の名前は、柏木 優 19歳、高校3年生、賞罰なし、彼女なし(いない歴=実年齢)。

運動神経、成績共に中の下(特に数学は40点以上とったことがない有様)。背は平均よりやや高め、顔つき見た目はまぁ、悪くはない。

髪の色は黒。運動能力やや低め。気性は温厚で性格は優しいといった具合で、子供とは云えず、かといって一人前の大人と云うには何かが足りない。そんな微妙な年頃の温和な青年である。

彼を知る人々が評した彼の人物像といえば、

友人曰く『いいやつなんだけど、結構そそっかしいから見ていて心配になる』

教師曰く『性格は申し分ないんだけどねぇ(ため息)、その何分の一でも成績にまわせればいいのだけれど・・・』

母親曰く『周りに気を配る前に、あんたは自分のことを心配なさい』

良いというのか、悪いというべきか、なんとも微妙な頼りのない評価である。

そんな彼の目の前に、なんとも表現し難い、とにかく不思議な現象が起きていた。

地球は日本、東京都内での出来事である。

その時、優は学校帰りに近所の野良猫をかまっている最中だった。

野良猫といっても、餌付けするうちにすっかり懐かれて、半ば飼い猫となっている模様。

今日辺り家族に相談して家で飼うことにしようと考えていたところ、目の前に突然、白く光る鏡のようなモノが現れた。

優は猫をかまう手を止めて、唐突に現れたソレを擬視するように、まじまじと見つめていた。

目の前に光るソレは目測でおおよそ高さ2メートル、幅1メートルぐらいの楕円形をしている。

横から見てわかったが、ソレには厚みがない。そしてわずかに宙に浮かんでいるのが見て取れた。

「なに?コレ・・・?」

 と、誰ともなしに呟いてみるが、答えてくれる人など周囲にいない。

それはともかくとしても、はてさて?これはいったいなんだろうか?

自然現象かなにかだろうか?

例えるなら・・そう、遊園地のアトラクションや映画で見たCGがそれに近い気もする。

が、どちらもこんな街中のこんな目の前で視えるものじゃないだろう。

なにより、今はホロスコープなどしていない。

じゃあ一体、なんだというのだろう?

 

今の優の胸中には選択肢が二つあった。ひとつは、このまま気にせずに家に帰ること。

そうすれば何事もなく、なにが起きるワケでもなく、ただ平穏に今日を、そして明日からを過ごすことだろう。

そう判断してしまえばそれまでのことだったのだが、どうにも今は気にしないなんて選択肢を選ぶことはできなかった。

あまり好奇心の強い方ではないが、心の奥底に眠っている好奇心を引きずり出すほどにソレは奇妙で魅力的で、優はすっかりなんだかわからないソレに魅了されていたのである。

そうして視線は向けたまま、おもむろに道端の小石を拾い上げた。

直径3センチほどの何の変哲もない、ただの石ころである。

ひょいとソレに放ると、あら不思議。

向こう側に落ちずに光に吸い込まれ、石は消えた。

裏に回って確かめたが、石はどこにも見あたらない。

次に鞄からボールペンを取り出し、ペン先をソレに突き刺してみた。

突き刺したままでソレを横から覗いたが、ペン先は突いた先からが文字通り『消えて』いた。

数秒そのままにして引き抜いてみたが、なんともなかった。

濡れているわけでもないし、溶けてもいない。なにかペンについてるわけでもないようだ。

何かしらのリアクションを期待していたが、そんな期待を裏切って『なんともなかった』のである。

もう一度、突き刺してみたものの結果は同じだった。

どうやら害はないらしい。

さてさて、こうなってくると己で実践したくなってくるのが人の性。

そろりそろりとソレに右手をかざしてみる。人差し指の先が少し触れた。

熱はない。触れているという感覚もない。しかし触れた指の先は確かに『消えて』いる。

まるで光か影にでも触れているかのようだ。

``なんだろ?なんか・・・おもしろい、かな?``

なんかの映画でこんなシーンがあったなぁ・・・、などと呑気なことを考えながら触れた手を撫でるように動かしてみる。

すると普段、控えめな性格の優の心に奇妙な高揚感が、知的好奇心が、ふつふつと沸きあがる。

``危なくなったら、すぐ身を引けばきっと大丈夫だろう``

根拠のない保険を心にかけて、優はそっと腕をソレに押し入れてみることにした。

「あっ?あれれ?」

すぐに腕を引き抜くつもりが、抜けない。

なにか・・誰かに向こう側から腕を引かれているような感覚。

現実にぐんぐんとソレに引き寄せられている。気付けばもう二の腕まで引き込まれている。

こりゃまずい!!

慌てて左手で右腕を掴んで力の限り抜こうとする、が抜けない。

悪いことに引き抜きに回した左腕まで引き込まれ、両腕が捕まった格好になってしまった。

なおもぐんぐんと引かれる。凄い力だ。踏ん張りがきかない。

やがて上半身は完全に飲み込まれ、残った足をバタつかせたまま、優の身体はソレに飲み込

まれた。

優の意識はそこで途切れ、彼の存在はこの世界から『消えた』。

「・・・・ょうぶ

誰だろう?

・・・の、もしもし

なにか、遠くから声が・・・。誰かの声が、聞こえる。

「・・・し、あの大丈夫?」

だんだん声が近づいてきた。

さらさらと、清水が流れるような、きれいな、とてもきれいな声だ。

透き通るように耳に響く。

優はうっすらと目を開けようとして、眩いまでの光に眩み、慌てて瞼を閉じた。

今度はそろりそろりと瞼を開ける。すると目の前には、星の川のように輝く長い金髪をなびかせた少女がいた。

慌てて目を凝らすと、実際に目の前の少女が光っているわけではない。

ただ、その少女の纏う印象が強すぎて、ありもしない光を感じてしまうのだった。

この世のものとは思えないほどに彼女は美しい。

思わず跪いて、伏し拝もうかとすら思えるほどに。

それほどに少女は神々しい美貌を纏っていた。

突如目の前に現れた少女をただただ見つめたまま、ぼんやりとした頭でそんな事を考えていると、光と見紛う程に美しい少女は、少し怯えた表情をしながら、おそるおそる伺うように問いかけてきた。

「あの・・・大丈夫?」

「・・え?あ、ああ、うん」

なんとも頼りのない返事だが、金色の妖精に心を奪われていた優にはこれが精一杯だった。

「おやまぁ、随分と珍しい使い魔を召喚したじゃないか、テファ」

今度は背後から女性の声が聞こえた。

「ど、どうしよう、マチルダ姉さん。わたし、人を召喚してしまったわ」

救いを求めるかのような弱々しげな声で、少女は女性に返事をする。

「え? え? え?」

``ツカイマ``? ``ショウカン``?  

非常に聞きなれない単語の連投で、優のぼやけた頭はさらにこんがらがる。

?マークを大量に浮かべながら頭に左手をあてながら、ゆっくりと上半身を引き起こして辺りを見回すと、そこは森の中だった。

本当に見渡す限りに雄々しげな樹が生い茂る森だ。

樹海といった方が近いかもしれない。

近所周りじゃ森はおろか、雑木林さえめっきり少なくなった今日この頃だというのに。

自分は一体どこにいるのだろう?ここは一体どこだろう?

優が寝ぼけ眼で辺りに目をやっている傍らで、少女と女性のやりとりは続いていた。

「まぁ召喚しちまったものは仕方ないさ。

一応、サモン・サーヴァントは神聖な儀式とされてるからね。

陳腐な言い回しだけど、この坊やを召喚する事はテファ、あんたにとって``運命``ってヤツだったんだろうさ」

「でもっ!わたしにとっての運命だとしても!だからと言って、この人の運命を奪っていいはずがないわ!!」

清らかな声を精一杯張り上げて反論する少女の姿は、やはり美しかった。

あらためて少女と女性の容姿を確かめる。

腰まで届くほどの流れるような長い金髪に、幼さとあどけなさの残る小さな顔立ち、年の頃は優より少し下だろうか。

丈の短く袖のない草色の素朴なワンピースにその身を包み込み、少女の容姿に純朴な美しさを演出していた。

短い裾から白く細い足が伸び、その足を包み込むように白いサンダルを履いている。

触れれば壊れてしまうのではないかと思えるほどに、少女の身体は繊細なラインを描いていた。

ただ、一部分を除いては・・・。

なんと言うか、その、胸が、胸が極端にアンバランスに大きいのである。

胸だけが常軌を逸している。胸だけが、彫芸品のように細くしなやかな彼女の身体に反旗を翻している。

今にも零れでてしまいそうな豊かな胸が、かろうじて草色のワンピースが覆い隠されたように収まっている。

そう思った途端に目のやりどころに困ってしまい、羞恥から視腺を送ることに耐え切れなくなった年頃の男子である優は、もう一方の女性に目を向けた。

妙齢の女性だ、20代前半といったところだろうか?

新緑の背にかかるほどの艶のある髪に品のある整った顔立ち、理知的な雰囲気を強めるように縁のない眼鏡をしていた。

テファと呼ばれた少女より頭一つ背が高かった。

気になるのは彼女の服装である。

深みがかった緑色をした袖に余裕のあるブラウス、丈の長いスカートの上に黄土色のフードのかかったマントを羽織っている。

例えるなら・・そう、まるでRPGの世界の登場人物のような出で立ちをしていた。

少女と女性をよく見て気がついた。というより、寝起きすぐなことと見知らぬ少女の美しさにまどろんでいた頭がようやく回転し始めたという方が正しかった。

どちらも、おおよそ現代の日常生活ではまず着ないであろう服装なのである。

例えて言うなら映画の舞台。そう、ファンタジーかなにかの架空の世界の登場人物が着るような、そんな印象を持たせる格好だった。

そんな事を考えている最中にも、なにやら二人の会話は進んでいる。どうやら女性が少女に何かを諭している様子。

「あたしに文句つけても仕方ないだろう? こういうのは割り切ることが大事ってもんだ。さ、早いところ儀式を済ませちまいな」

「うぅぅ・・姉さん、やっぱり彼と、その・・ごにょごにょ・・なければいけないのかしら・・・」

 もじもじとした仕草と口調が、少女の美貌に可愛らしさをつけ加えている。

「まぁ・・ね、この坊やと契約をするかしないかはテファ、あんたの自由だよ。

だけども呼び出しておいて、気に入らないので放り出すってな、あたしは賛成できないけれどね」

 女性がじと~っとした目でそう言うと、テファと呼ばれた少女は慌てて両手を振って否定する。

「そ、そんなこと!!」

 少女の意見を確かめると、女性はゴリ押すかのように、

「だったらほら!躊躇ってないでさっさと済ませちまいな」

「うぅ、はい

消え入りそうな弱々しい声で、渋々テファと呼ばれた少女は承諾する。

そしておもむろに優に向き直り、こう告げた。

「あの、ホントにごめんなさい。すぐに済むから少しの間だけじっとしていてね」

「?」

まるで訳がわからず、怪訝な顔をしている優をあやすかのように、少女はその桜貝のような朱色した小さな唇を開いて一言、そう告げる。

そして片手に小振りのタクトのような年季のある杖を掲げ、瞳を閉じて朗々と詠唱を唱えた。

``我が名はティファニア・マリーア・ル・ブラン・ド・ルトリッシュ``

``5つの力を司るペンタゴン この者に祝福を与え 我の使い魔となせ``

すっと、杖が優の額に触れた。

「な、なにを?」

ゆっくりと杖が離されるに併せて、少女の顔が、唇が、ゆっくりと真正面に近づいてくる。

「心配しないで、すぐに済むから」

そう彼女が告げる頃には、少女の顔はもう目と鼻の先にまで迫っていた。そして・・・。

「ん・・」

瞳を閉じた少女の唇が、そっと、戸惑ったままの優の唇に重ねられた。

!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?

な、なんだ、なにこれ? 

誓いのキス?英語で言うKISS

突然見知らぬ森の中にいて、見知らぬ美しい少女がいて、その上、その子が自分にキスをしてくれた!しかも人前で!! 

ボ、ぼ、ぼぼぼぼくのファーストキス。夢ですらしたことのなかったファーストキス!!

映画やドラマで遠目に観てることしかできなかったのに!!

それが、それが美の化身のような少女に奪われた!いや、奪ってくれた!!いや、それも違う、奪ってくださいました!!!

ああ・・神様仏様、これがもし夢でも、この瞬間を生涯にわたり感謝することを誓います。

三食抜きになってもこれだけは守り抜きます。

ありがとう・・本当にありがとう。

身体はフリーズしたまま、優の今は春色の頭の中を歓喜と感謝入り混じり、半ば狂喜じみた感情を生み出しながら猛烈に空回りしている。

その間に少女は唇を離し、輝くような金髪をゆらし、透き通るような白い頬をほんのり桜色に染めて、

「・・・い、おしまい」

どうやら照れているようだ。

見ず知らずの年頃の男にキスをしたという割には、まだ落ち着いている印象だった。

「あ、ああああ。ありがとう、ごちそうさま・・イヤ、じゃなくって、と、突然僕にキスなんかして大丈夫なの!?

お父さんお母さんが悲しまない?ああそれよりも恋人がいたらどうするの!?もっと自分を大事にしなきゃ!!」

頂点まで沸騰した頭を抱えながら、本人でも驚くような滑舌の良さで、まるで見当違いな意見を述べる優。

対に位置している、当の少女はきょとんとした顔で、なにか不思議なものでも見るような眼差しで優を見つめていた。

そして・・・、

直後に優を激痛が襲う。

痛い。胸が灼けるように痛い。

あまりの激痛に悲鳴すらあげられず、膝をついて、胸を抱くようにして、前のめりに額を地面に擦りつけた。

「だ、大丈夫。使い魔のルーンが刻まれているだけだから、すぐに済むと思うわ。」

少々うろたえ気味になりながらではあるものの、心配ないという少女の声は耳には届かず、優は突っ伏せるような形で蹲っていた。

やがて頭が意識を手放す前に、痛みは退いていた。

ワケがわからず、とにかく痛んだ胸の様子が気になったので、人前にもかかわらずYシャツを開き、Tシャツを捲る。

すると、胸の真ん中に文字が刻まれているのが見て取れた。

見たことのない文字だ。

文字というより、歴史の教科書で見た象形文字のようだった。

「・・こ、これは一体?」

立て続けに狂喜と激痛に曝され、やっとの思いで搾り出した感想がそれだった。

「ふぅ~ん、見た事のないルーンだね」

いつの間にか傍に立っていた女性はそう言うなり、まじまじと優の胸を見つめながら右手に羽ペン、左手に羊皮紙を取ると、サラサラと優の胸に刻まれた``ルーン(魔法)文字``を書き写す。

その最中、テファと呼ばれている優にキスをしてくれた少女は、申し訳なさそうに、

「あの・・本当にごめんなさい。なんと言ってお詫びしたらいいのか。

ああ、こんなことになるなら召喚の儀式なんてするんじゃなかった・・・」

まるで天使と聞き紛うような美しい声で懺悔を述べる少女に、新緑の髪をした女性は、母親が子供を諭すような優しい声で告げる。

「過ぎたことを言っても仕方ないだろう、テファ?

この坊やを使い魔としちまった以上は、坊やの世話をしながら坊やに世話してもらうんだね」

「そ、そんな・・もう、マチルダ姉さんったら!」

キスした時よりも頬を赤らめながら、少女は声を大きくして女性に返す。

そんなやりとりが行われている最中、当の``坊や``こと優の頭は意味不明の頂点に達していた。 

彼と彼女の物語、全てはここから始まる・・・。

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